2010年03月17日

コミュニティーFM放送の現在

現代社会とメディア、ジャーナリズムの現場から( 第7回)
コミュニティーFM放送の現在 
隅井孝雄(京都コミュニティー放送副理事長)
 No.34

これは2009年6月4日京都大学文学科研究科の共通科目「現代メディア、ジャーナリズムの現場から」の大7回講義としてで行われた講演の要旨を再録したものである。


1. 今NHKのテレビ小説「つばさ」でコミュニティーFMが主な舞台となっている。映画館がなくなり、その建物がそのままコミュニティー放送のスタジオになった。江戸の面影が残る川越が舞台だ。老舗のお菓子屋の娘つばさ(多部未華子)はふとしたことから新しく開局するコミュニティー放送「ラジオポテト」に出会い、そのオーナー真瀬(宅間孝行)やアパートになった元映画館の住人たちとコミュニティーにとどけとレポーター役で活躍する。コミュニティーラジオは1992年に生まれた。1995年阪神淡路大震災の時、神戸で電波を出したFMわぃわぃが大活躍して存在を知られるようになった。出力20ワットのいう小さなラジオだが情報空白地帯だった市町村単位に電波を出しており、現在全国の225局ある。多くの局が株式会社形式の商業放送だが、中には地方自治体と密接に関係を保つ第三セクターとして放送している局もある。その後2003年京都の中心部でNPO(非営利法人)が運営する「京都コミュニティー放送」が免許を取得したことから、その後NPOの形態で新設される局が相次ぎ、現在14局になった。市町村合併が進んだ結果、コミュニティーが拡大していることから、コミュニティーラジオの存在意義が改めて見直されている。

2. コミュニティー放送はエリアが小さいこと、放送出力が20ワットに制限されていることなどから、経営上困難を抱えているところが多い。しかし非営利法人(NPO)では多くのボランティアが放送に参加し、市民や商店主が分担することによって経費を賄っている。地域メディアとしてのコミュニティー放送は大きな社会的意義を持っている。新聞、NHK、民放など日本のメディアは全国メディアが都府県あるいは東北、近畿などの広域圏が対象になっており、市町村単位の情報手段はコミュニティー放送以外にはない。日本独特の事情だ。コミュニティー放送という存在は強い公共性に裏打ちされているといえるだろう。

3. 京都コミュニティー放送(京都三条ラジオカフェ)は2003年3月、周波数免許の交付を受けて放送が始まった。資金を10万円出資したおよそ100人の市民が会員としてラジオ放送局を支えている。会員からあらばれた理事が、運営の要となり、理事長のほか財政担当、番組編成担当、会員担当などが総会で選出されているが、会社組織と違って他に職業を持つボランティアだ。職員は放送局長、番組担当部長、チーブエンジニアの3人のみ。ミキサー、アナウンサーなどはすべて若者のボランティアが担当している。番組は市民グループ、個人、商店などが3分間1500円という格安の放送料で自由に制作している。毎週15分番組を放送すると一カ月26,000円かかる。市民がつくる番組は月におよそ120本ある。文字通り市民による市民のための放送局だ。「難民ナウ」、「京ことばニュース」、「京野菜、果物情報」、「環境ニュース」、「エコまちライフ」など多彩な番組が並ぶ。演奏を聴かせる番組も多い。立命館大学、龍谷大学、京産大、精華大、京都女子大など学生が制作する番組もあるが中にはゼミと連動して制作すると単位になるものもある。

4. 日本のラジオは1925年、大正15年、NHK東京放送局が最初に電波を出した。第二次大戦後1945年、占領軍は放送を民主主義普及の手段にするとともに、アメリカの番組アイディアを反映した番組の制作を指導した。またNHKに加えて広告を財源とする民間放送が新しくスタートすることになった。言論の多様化やバランスを保証するためだった。ラジオは50年代から60年代にかけて娯楽番組、音楽番組が熱狂的に受け入れられ、また報道番組でも強い社会的影響力を持つにいたった。当時はラジオこそはリーディングメディアだったのだ。またセイヤング、オールナイトニッポン、パックインミュージックなどの「深夜パーソナリティー番組」が若者の間で人気を得た。FM放送は1970年から始まった。当初は音楽中心だったが、ジェットストリームなどの大ヒットを経て、やがてパーソナリティーによるワイド番組が主流になった。

5. アメリカではラジオ局の数が多い。ニューヨーク市とその近郊ではでは40以上のラジオ局が林立している。放送の種類も様々で、音楽はジャンル別、トーク専門、ニュース専門、自治体、大学、スペイン語など様々だ。全米にラジオ局は13,700局ある。放送エリアはほとんど市が単位になっている。日本にはラジオ局は101局しかない。日本にはないジャンルとして目につくのはカレッジラジオ。全米に200局ある。学生によって自主運営されているが一般放送と肩を並べ、カレッジラジオのベストヒットなどの番組はいち早く新曲を取り上げ流行を作り出すので、音楽業界も注目している。イギリスも大学ラジオが盛んだが、それ以外に病院ラジオも活発だ。日本にはない考え方だが、取り入れる必要があるだろう。

6. コミュニティー放送を活発にするには、出力を高めて聞き取りやすくする必要がある。また何らかの公共財源を投入すべきだろう。大学にもコミュニティーラジオの免許を与えればラジオはもっと活性化する。日本ではラジオそのものがマイナーなメディアとみられているがアメリカ、カナダ、フランス、イタリー、イギリスはもとよりアジア各地、アフリカ、中南米でも盛んに人々に聞かれている。日本のラジオ局は若者を対象にしたキャンペーを始めている。ラジオの復権が望まれる。その鍵の一つはインターネットだ。一般のラジオが著作権が絡んで、音楽を流せないのに比べ、コミュニティーラジオはある程度自由に音楽を含む番組を流すことができるようになった。電波による放送を基盤にしながら、インターネットを活用すれば新しい層、若者を引き付けることが出来る。未来は有望なメディアだ。

7. 市民メディアが活発になった。昨年7月の北海道サミットでは市民メディアセンターが開かれ、国内と海外に向けてインターネットや衛星を利用したニュース送信した。文字はもちろんだが、ビデオ映像、ラジオ放送もあり、特にラジオではドイツ、メキシコ、セネガルなど世界コミュニティー放送連盟傘下の局に向け国際放送まで行った。コミュニティーラジオは市民の手で地域情報を送り届けるという意味で市民メディアの重要な一部である。

8.2007年韓国でアメリカ産牛肉の自由化に反対する抗議行動が大きなうねりとなって社会をゆりうごかした。この運動はデモや集会の真ん中でパソコンに接続したビデオカメラやカメラ付きパソコンを掲げる若者の姿があり、彼らの映像やレポートが世論を動かしたのだ。市民がニュースの発信者になった。韓国はブロードバンドが90%の家庭に普及している。ポータルサイトのafreecaは自作の映像や、ゲームなどを発信していたが、最近社会問題を取り上げた映像を発信することが増えた。一か月の150万のアクセスがある。これらの市民による情報ポータルサイト船体の広告収入はすでに新聞、雑誌を追い抜き、テレビに迫っている。市民メディアを専門に取り上げるサイトもある。不当に解雇された教師の密着取材、再開発地域で立ち退きを迫られた市民も登場する。徹底的に少数派を代弁する存在になっている。
 
9.ラジオやテレビで全米に放送しているニュース番組「Democracy Now」も徹底して市民の側に立つ。独立メディアとしてもっとも有名だ。司会のジャーナリスト、エイミー・グッドマンは以前からラジオでニュースを放送していたが、9.11をきっかけにテレビ放送を始め、戦争に向かうブッシュ政権の姿勢を鋭く批判した。雪崩を打ったように報復と戦争に傾く世論の中で反戦を主張する少数派の声を代弁したのだった。
 今この番組は現在268のテレビ局と、320のラジオ局で放送されている。それに止まらず全世界に発信を広げている。日本でもインターネットで視聴できる。
 独立メディアは発展した背後には取材、制作が技術発展で簡便になったこと、世界がインターネットで結び付いたことがある。衛星中継でなくてもインターネットで世界のどこからも映像レポートが送られてくる。「Democracy Now」は個人の寄付とボランティアで運営を支え、大企業とに依存関係を経った。
 市民はブログという情報発信手段も手にした。メディアはインターネットと融合しながら新しい時代の到来を待ちかねている。日本のコミュニティーラジオもインターネットによるウェッブ放送との連動が始まり、新しい展開に受かって進もうとしている。



posted by sumiitakao at 16:38| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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