2010年03月19日

八月のテレビを見る---かつてない敗戦特集、核特集

 八月のテレビを見る---かつてない敗戦特集、核特集 
 No.37 8/25/09

 これはジャーナリスト、617号、2009年8月25日(日本ジャーナリスト会議)にリレー時評として掲載された。 

 夏休みに入ったたばかりの週末、思いっきりテレビ見た。そして日本が引き起こした戦争について、日本の未来についてじっくりと考える時を過ごした。4日間で見た第二次大戦や核関連番組は実に13本、のべ16時間に達した。「ヒロシマ、少女たちの日記帳」などNHKが力作、大作を揃えたが、民放でも「最後の赤紙配達人」(TBS)、「戦場のラブレター」(日テレ)など4本を数えた。このほか8月15日前後にもNHKドラマ「気骨の判決」など9本の特集が組まれ、徹子の部屋が8月13日から戦争体験特集を組んでいる。
 今年は戦後64年。テレビの場合50年とか60年とか切りのいい周年に力を入れることが多い。そういう習慣から見ると今年は、ナチのポーランド侵攻70年という以外にはいかにも半端な年なのに、なぜ番組が多いのだろうか。私はいくつかの理由が複合していると考える。
 戦争を知る世代が70歳を超え、時間との競争になっている。制作者たちは今しかない、という切迫した思いにかられているのではないか。
 アメリカのオバマ発言の影響もあると思う。彼は初めて、核兵器を使用した唯一の国としての責任について語り、核廃絶を目標にすると言及した。もはや核は抑止力ではなくなった、人類にとって危険な存在だ、とアメリカの識者も廃絶を訴えている。核兵器廃絶の運動は今年以降かつてない高揚期に入る。その状況は報道番組の制作者にも反映しているのではないか。
 民放では日本テレビ系の「NNNドキュメント」や毎日放送の「映像09」などが格差社会に切り込んで注目を浴びたことから活性化し、積極的な報道活動を続けている。2008年秋からは民放の番組編成でかつてなかったほどプライムタイムの報道番組が増えた。私の知る範囲ではNHKの放送現場は歴史に正面から向かい合おうとしている。試行錯誤はあるようだが、NHKスペシャルなどで、朝鮮併合、中国への侵略など日本の近、現代史がしばらく続く。番組と連動して「戦争証言」を集めアーカイブ化するプロジェクトもNHKが8月13日からはじめた。
 NHKや民放の番組のあり方についての批判の声が多い。もちろん批判すべき経営姿勢、番組内容が多々あることを否定するものではない、しかしさまざまな番組を見続けている私としては、放送番組を制作している現場と、市民社会をつなぐかけ橋をどのように構築するか、ということを常に考える。
 テレビは依然として非常に大きな視聴者を持っている。テレビに見入っている人の数や人々の視聴時間はこの10年ほとんど変わっていない。依然としてテレビは重要なメディアだという認識が私にはある。(隅井孝雄)
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テレビ評 ドラマ「遥かなる絆」 NHK

 テレビ評 ドラマ「遥かなる絆」 NHK
 No 36, 2009.8.6

 これは「Galac」2009年8月号(放送批評懇談会)のギャラクシー賞テレビ部門月間賞の作品評として掲載された。

 このドラマの原作「あの戦争から遠く離れて」は大宅壮一ノンフィクション賞や日本ジャーナリスト会議賞など受賞している。作者の城戸久枝とは授賞式等で言葉を交わしたが、もの静かでおとなしい、ごく普通の日本人女性である。その彼女が壮大な規模で展開する日中関係の歴史に中に生きることになった軌跡をドラマでどのように表現するのかという興味で番組を見た。
「遥かなる絆」には3人の主役がいる。父親役城戸幹(孫玉福)、娘の城戸久枝、そして孫玉福の養母付淑琴だ。時代もミニ大河ドラマとでもいうべき構成で、終戦直後から文化革命にいたる中国、久枝が中国に留学し父の軌跡に触れる1997年前後、そして現在と三つに分かれる。原作は時系列での記述だが、ドラマではこの三つの時を交錯させ、綾織りのように組み合わせた。岡崎栄の演出だからこそ、日中の60年の歴史を俯瞰して感動を紡ぎあげたのだと思う。
 中国部分はドラマの起きた現地牡丹江近くの頭道河子の村などで撮影された。凍結している過去の中国の雰囲気がよく再現されていた。玉福を引き取って歴史を生き抜いた養母付淑琴を演じた中国の女優岳秀清の演技が印象的だった。時に悲しみの誇張があったが、大女優の風格があり、みごとであった。また孫玉福の幼児、少年、青年を中国の二人の子役と青年俳優が演じているが、顔も仕草も似ていてうまくつながり、特に青年孫玉福役グレゴリー・ウォンは熱演だった。
 残留孤児二世ではあるとはいえ、その苦難を全く体験せずに普通の日本の女の子として育った城戸久枝が父の足跡を訪ねるうち次第に中国に引き寄せられる様子を、鈴木杏がさりげない演技で好演した。なれない中国語という設定もぴたり。
 欲を言えば最終回。少年の幻影が出現、牡丹江を見つめての父の感傷的なセリフがあり、ジワリと盛り上がるはずの感動をそらしたきらいがある。もう少しさらりと終われなかったか。

「遙かなる絆」 2009年4月18日から5月23日放送、NHK総合
 原作 城戸久枝、脚本 吉田紀子 演出 岡崎栄、石塚嘉
 出演 鈴木杏、グレゴリー・ウォン、岳秀清、加藤健一
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書評、紙とネットが分離するメディアの今後を占う  

 書評、紙とネットが分離するメディアの今後を占う
 No.35 2009.7.25

 これは2009年7月25日「ジャーナリスト616号」(日本ジャーナリスト会議)に掲載された。

 アメリカで伝統ある地方紙の廃刊が相次いでいる。何が起きているのか、ジャーナリズムはどこへ向かうのか、私も気になってニュースをフォローしているさなか、7月7日「新聞の消えた日」というテレビドキュメンタリーが放送された。今年2月惜しまれた発行を止めた「ロッキーマウンテン・ニュース」紙の記者たちに密着したレポートだが、「新聞がなくなれば誰が権力を監視するのか」という記者の言葉が耳に残った。
 本書はこうしたアメリカの状況を踏まえながら、個人発のメディア「ブログ」が力を持ってきていることを克明にルポした。
7-80万人のビジターがいる「デイリーコス」。9.11の時、少数者の意見をと始めたが、全米ブロガーのコンベンションを主催、有力政治家も参加するメジャーな存在になった。司法長官解任に至ったブログ調査報道が賞に輝いたこともある。またNPOの形態で地域を根城にするブログも輩出している。いずれも一般市民の寄せる情報との連動がカギだ。アメリカ国内で発信するブログ「博訊」が中国の言論に風穴を開けつつあるのも興味ぶかい。
 ブログ情報には不確かさがまとわりつく。それを克服するため、リンクの倫理、透明性の倫理、訂正の倫理が紹介されているのが印象に残った。
 第三章にアメリカの新聞の現状が報告されている。ニューヨークタイムスなどの有力誌も、ウェッブページを強化して新しい方向を模索している。紙とネットに分離するジャーナリズムは今後どうなるか、全貌をつかむ取材を丹念に積み重ねた好著だ。
 隅井孝雄

 「米国発ブログ革命」(池尾伸一著、集英社新書)

posted by sumiitakao at 13:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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