2008年08月17日

テレビはどこへ行く

 以下はRadio café コミュニティーメディアサロン行った講演である
 2008/02/02 隅井孝雄

 変化を迫られているが・・・・・
 テレビに対する視聴者の批判が強まっている。面白くない、見たいものがない、くだらない、やらせやうそがある・・・・などという意見は一般的である。小泉劇場はマスコミの生み出したものだとも言われる。
ライブドアや楽天の参入をめぐる紛争、あるある大事典、NHK不祥事、従軍慰安婦番組問題などで不信感は増大した。
 その一方、メディアは政治、行政の側からも新しい動きが活発である。小泉、安倍内閣による規制緩和の動きの中で放送と通信の融合という名目で市場原理が導入され、持ち株会社によるキー局のローカル局吸収が始まろうとしている。さらにNHKの経営委員長、会長は共に安倍元首相のブレーンだった財界出身者の支配の下におかれることとなった。
 2011年の全面でジタル化はIT政策として政府が推進し、ビジネスチャンスが広がるとテレビの側が構想に相乗りしたという経過があるが、群小の地方局にとっては経営を揺るがしかねない負担となっている。
 デジタル時代、放送メディアはいやおう無しに変化に迫られている。

 それでもテレビはメディアの主流の地位は揺らいでいない。
 市民の平均テレビ視聴時間は平日3時間27分、土曜日4時間7分、日曜日4時間14分だがこの数字は1970年代よりも増加している。90年代初頭に一度減少傾向があったが、その後は漸増が続いている。(若年層にわずかな減少傾向があるが)。テレビの接触率は90%を越えている。ちなみに新聞の接触率は44%、接触時間が21分と比べると、テレビの影響力の大きさがわかる。放送の広告費収入も2006年度およそ3兆円、テレビだけでも2兆161億円ある。ラジオは2001年以降広告収入がじりじりと下がってはいるが、テレビは2001年の水準を維持し、2003年以降上昇傾向にある。広告を基盤とする放送は来生にかげりはあるものの全体として確固としたものがある。(小さな地方局にとってはデジタル変換の出費が負担ではあるが・・・)

 テレビは大きな影響力を行使している。それはなぜか
 テレビは依然として社会に、世論に決定的な影響力を与え続けている無視できない存在だ。一連の小泉劇場、大阪の橋本知事誕生を見ただけでもそのことは明らかである。テレビの健康情報番組で納豆を推奨すれば、スーパーの棚から納豆が消えるという現象も記憶に新しい。
 なぜか。一つには公共放送としてのNHKと商業放送としての民放が共存するというシステムが視聴者にとって快適な組み合わせとして受け入れられているという事実がある。NHKに要求される、教育、教養。文化とは違った形の自由奔放で多様な民放娯楽番組の二本立により視聴者のテレビへの要求を巧みに吸収するシステムが備わっているといってよいだろう。
 特に民放はNHKと異なるが視聴者の興味をつなぐ番組の開発に成功した。
 庶民的な笑いと芸能、吉本を先頭とする娯楽番組、ニュースとは一味違うが社会の裏側、ニュースの裏側をたっぷり紹介、人間的興味にも十分に対応、言いたいことも言いたい放題が可能なワイドショウ、「テレビタックル」、「太田総理」などに代表される娯楽系報道等番組、クイズの形をとって知的に刺激感を与える「世界ふしぎ発見」、「ウルルン滞在記」、「行列の出来る法律相談所」、「世界仰天ニュース」などなど枚挙に暇がない。
 民放はあくまでも世俗的、通俗的、庶民的な芸能娯楽、情報提供の場として視聴者とのつながりを追及し続けて成功してきた。こうした番組は本来テレビが持つべき報道機能、ジャーナリズム機能の代替として民放テレビの繁栄に寄与してきた。それでいいというわけではないが、通俗的娯楽の役割を軽視するわけにも行かない。そこに民放の生きる道があるとすればなおのことである。
 この状況を是とするのか、批判的に見るのか、改善を必要とするのか、一概には片付けられない状況にわれわれは取り囲まれている。
 
 インターネットメディアは未成熟、市民メディアも育っていない
 日本では一見インターネットが発展しているように見える。しかし日本でのインターネット普及率はケイタイによるインターネット接続が多く、必ずしも本格的インターネット社会にはなっていない。インターネットのメディア力は未発達である。一部ショッピングページを除いては経済的基盤も脆弱である。また市民メディアも育っていない。
 携帯電話普及台数1億台、内84%がインターネット接続している。インターネット普及世帯8200件、64.8%、というのが2006年データーだが、日本のインターネットはケイタイ依存発達不全症だといわなければならない。
 このため既存メディアの王座にあるテレビは依然としてその独占的地位が揺らいでいない。
 
 コーポレートメディアの本場で
 アメリカの大手メディア、とりわけテレビメディアは巨大資本による統合が進んでいる。大手ネットワークは、ABCディズニー、CBSパラマウント、NBCユニバーサル、Foxニューズコープ、CNNタイムワーナーなどであるがそのため、ジャーナリズム性が薄れコーポレートメディアと批判されている。一部に保守化傾向があり市民の批判を生んでいる。それでも言論の自由、権力監視が健在でテレビは報道ジャーナリズムの中心的存在である。アメリカには全国紙がないため、テレビニュースがその代わりをしている、という側面がある。

 日本にないメディア批判の市民運動、カウンターメディア、市民メディア
 アメリカには強力なメディア批判グループが存在する。その代表的なものは「フェアー」という組織だ。このグループはメディアの足りないところ抜け落ちでいるところ、間違っている報道などに対したカウンターニュース、報道内容の批判、警報メールなどを送るという方法で市民の不満批判を組織化している。
 そのアメリカで市民の側に立つメディアもまた極めて活発だ。市民の視線に立つ番組作りを行いながら、それをメディアに提供し、しかも数々のテレビ賞を受賞している制作者もいる。ケーブルテレビは市民にチャンネルを開放するという政策があり、一地域、一ケーブル4チャンネルの市民チャンネルも存在している。そのための市民にオープンなスタジオもケーブル業者に義務付けられている。
 9.11以降急速に力を伸ばして全国で毎日放送されているDemocracy Nowは専門家にも注目され、世界へもネットワークを張っている。ごく最近日本でもDemocracy Now Japanが視聴できる。
 これまでのニュース番組とは全く異なるニュースショウー、コメディーセントラルのDaily Showも人気を呼んでいる。ネットワークやCNNの徹底的な批判、パロディーが売り物だ。
 日本には民放にもNHKにも市民やアウトサイダーが登場する回路がない、

 インターネットとの連携は果たして・・
 アメリカではテレビ報道が力をかつての輝きを失いつつあるが、それでも活力がある。この20年で視聴率は半減したが、テレビが見出そうとしている活路はインターネットへの進出である。
 アメリカのテレビメディアはインターネットに積極的に進出している。2005年以降、ABC、CNN、CBS、NBCのオンラインニュース、プライムドラマのネット提供は目を見張るものがある。テレビから離れた若者を、ネット経由で再び取りこもうという考えだ。テレビ局のホームページだけではなく、YouTubeとも契約を交わし、映像に付随する広告費が配分されている。アップルのiPodもまたテレビ局やハリウッドと提携してプライムタイムの人気ドラマや大型映画を映し出している。映像と通信の融合という政策のもとで新しい胎動がおきていると見る必要があるだろう。
 日本の場合は著作権保護が優先し、テレビや映画のインターネットへの開放が犯罪視され、遅れに遅れている。やっと最近NHKがアーカイブ映像をインターネットで配信するこことになったというのが日本の現状である。民放各局はデジタル化の機会に、テレビビジネスのインターネット進出をさまざま試みているが、今のところ決め手となるような成功例はない。
 デジタル化という技術的変化はあるが、日本のテレビはここしばらく、少なくとも2011年までは現状維持が続く。それは日本の視聴者の選択でもあると私は思うのだ。


posted by sumiitakao at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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