2010年03月28日

ドラマ「坂の上の雲」をめぐる近代史論争、NHKとの対話は可能か

 ドラマ「坂の上の雲」をめぐる近代史論争、NHKとの対話は可能か
 No.42, 1/1/10 隅井孝雄

 これは「放送レポート」222号(2010年1月、メディア総合研究所)に掲載された。

 NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」について放送に先だって日本近代史論争が起きている。この小稿が読者のみなさんの眼にふれるころには放送が始まっているが、放送前に、番組企画について視聴者から意見が出るのは珍しいケースではないかと思う。そこでいきさつを紹介しながら、この動きがはらんでいる問題について考えたい。
 発端は今年8月中旬京都で開かれた「NHKドラマ”坂の上の雲”を考える」だった。歴史学者中塚明氏(奈良女子大学名誉教授)の講演が行なわれた後、「日露戦争」などの著書のある歴史学者井口和起氏(京都府立大学名誉教授)を中心に、映像関係者、弁護士らによるシンポジウムが行なわれた。中塚教授はかねてからいわゆる「司馬史観」に批判的な見解を持ち、ドラマ「坂の上の雲」についても論考がある。
 京都ではちょうどこの頃、明治建築の京都府庁本館や海軍鎮守府のあった舞鶴ロケなどが重なり「坂の上の雲」への関心が高まり、会場の京大会館には参加者があふれた。私がもっとも興味を抱いたのは、テレビ番組への企画に対して歴史学者の立場から批判が行なわれたという事実である。
 「坂の上の雲」では日露戦争は祖国防衛戦争と位置づけているが、実体は日露両国による朝鮮の覇権をめぐる戦いであった、これを契機に日本は朝鮮を併合し、中国進出に向った、というのが中塚教授の見方である。日本の暴走は日露戦争の後からはじまったとして肯定的に見る司馬史観をそのまま描くことは近現代史を誤った認識に導くと批判している。更に氏は司馬遼太郎自身がこの作品について「映画とかテレビとか、視覚的なものに翻訳されたくない。ミリタリズムを鼓吹している様に誤解される恐れがある」(1986年5月21日ETV)と語っていることも紹介した。その上で、日本の韓国併合100年という節目に放送される番組としては問題がありはしないか、近現代史の認識を謝らせることにならないかとのべた。
 京都のシンポジウム名で送られた質問状に対し、NHKの番組プロデューサーの西村与志木氏は「(原作は)戦争讃美の姿勢で書かれたものではありません。近代国家の第一歩を記した明治のエネルギーと苦悩を描き、現代日本人に勇気と示唆を与えるものとしたいと思います」と回答している。ある意味ですれ違いだともいえよう。
 京都のシンポジウムの後、市民や歴史家による同じような集会は、川崎(11月1日)、神戸(11月8日)などで開かれ、全国的な規模に広がっている。放送直前の11月26日には「『坂の上の雲』を考える全国ネットワーク」がNHK改めて申し入れを行なった。その中で日露戦争を検証する番組を制作するようにと要望しているのが目を引く。一連の動きを見る限り、歴史研究家や視聴者はNHKとの対話を求めているといえるだろう。
 テレビドラマという作品の企画内容に視聴者が係わることが出来るのかどうかという問題もあるだろう。NHKスペシャルなどのドキュメンタリーでは近代100年の歴史を俯瞰し、戦争に衝き進んだ不幸な歴史を振り返りつつ、新たな日本のあり方を探る番組も数多く作られている。この機会にドラマも含んだ番組の企画、制作をめぐって、NHKの制作者と市民視聴者(特にこの場合は歴史学者)との間の対話の機会を持つ事は出来ないものだろうか。それが出来ればNHKが公共放送としての実体を持つ事になると思うのだ。
posted by sumiitakao at 16:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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