2006年10月25日

ワールドカップとナショナリズム 

0604特集スポーツ中継にダメだし
 ワールドカップとナショナリズム 2006年10月 隅井孝雄

7時間時差はあったが・・・・プライムタイム観戦の代償
ワールドカップサッカーの予選リーグでオーストラリアやクロアチアに善戦したが、決勝進出はならなかった。二つとも現地ドイツでは午後3時からの試合であったことから日本ではプライムタイムの包装となった。
6月18日のクロアチア戦は民放のテレビ朝日が夜9時35分から番組を組んだ。そのため視聴率も高く、日本中でテレビの画面に向けてあらん限りの声援をおくる光景が見られ、選手たちはそれに答えるかのように夏の日差しを浴びて汗にまみれて全力でゴールを目指した。敗因の一つに日本選手のスタミナ不足があげられた。陽射しが落ちた夜のゲームであったなら、という声もあった。現地のサポーターは前の日は日中でも涼しかったのに、と唇をかんだ。
日本対クロアチア戦の中継は52.7%をマークし歴代高視聴率番組29位、歴代サッカー高視聴率番組6位という記録を出した。日本中のテレビの半分以上がこの番組にチャンネルを合わせたということになる。6月12日にNHKが午後9時50分から放送した日本対オーストラリアもそれに劣らず49%であったが、午前5時の放送だった日本対ブラジルは37.2%にとどまった。勝つ可能性のある試合を日本の多くの人に見てもらいたい、という努力が、結果的に暑いさなかの試合となり、出場選手を苦しめたということもまた事実である。
オリンピックでは開会式やゲームのスタートがアメリカのプライムタイムに合わされるということは周知の事実である。ワールドカップでも94年アメリカ大会の決勝、ブラジル対イタリア戦が酷暑のロサンゼルスで日中行われた。ヨーロッパのプライムタイムに合わせたのだが、選手はへとへと。ロベル・バッジョがPKをはずしてイタリアが敗れたのは暑さのせいだといわれたものだ。
ドイツワールドカップの全世界の放送収入は15億スイスフラン、ヨーロッパ放送連合と日本でその50%以上を負担する。日本はNHK、民放、スカパーの三者で150億円、1億600万スイスフランを支払った。
FIFAは昨年12月10日、日本の2試合のキックオフを午後3時に繰り上げると発表した。真相は明らかにされていないが、「日本が繰り上げを要望した」という放送関係者の証言がある。ちなみに日本以外に2試合が午後3時のキックオフだったのはセルビア・モンテネグロとトーゴーの二カ国だけ。いずれも一次リーグで敗退した。
民放では放送がプライムタイムの時間帯であるのと深夜帯であるのとではスポンサー収入に天地の開きがある。放送権に見合う広告収入を手にするために電通にとってはプライムタイムでの放送が必須の条件になる。民放にとっても放送権と番組制作費をカバーできる広告収入がほしい。結局のところテレビ朝日が幸運のくじを引く結果となったが、電通が扱ったワールドカップ関連広告収入はテレビ広告、オフィシャルスポンサー広告(東芝、富士フィルム)などを合わせて76億円に達したというから、決勝進出がなくても商売になったと見るべきだろう。

 ワイドショーの日本コール・・・・・がんばって欲しいスポーツジャーナリズム
“サムライブルー”の活躍が大いに期待されたものの、日本代表チームは勝ち星を挙げることが出来なかった。おかげで日本のにわかサッカーファンたちは、思い思いにイギリスや、ドイツや、フランスや、イタリーを応援することになり、世界の実力を知り、レベルの高いサッカーゲームの醍醐味を知ることとなった。
 日本で巻き起きたかもしれないナショナリズムの波は日本のグループリーグ敗退で目標を失い、インターナショナリズムに転化したということになる。世界を知るという意味では良い機会となったというべきかも知れない。
グループリーグが始まる前はオーストラリアやクロアチアには勝てる、だからブラジルに負けても決勝トーナメントに行けるという希望的観測が新聞やテレビをにぎわせていた。しかし「前回は自国開催でシードされていた訳で、日本のグループには第1シードの国がいなかったんです。今回は日本が第4シードで、第1、第2、第3シードの国と戦っていたのです」(中西哲生)という現実はあまり省みられなかった。
客観的に日本の実力を見ようとした努力も随所に見られたものの、「オーストラリアには3対0で勝つ」(北沢豪)などという勇ましい発言が幅を利かせ、日本の実力を正確に捕らえ、日本代表チームの欠点や長所を分析した上で勝利の可能性を見るという論議があまりにも少なかったように私には思える。
ワイドショーでタレントなどの出席者が日本びいきでにぎやかな応援を展開するのはいいが、日本に厳しい専門家の発言は制約される。視聴者の不興を買い、どうしても慎重な言い回しとなる。時には抗議のメールに悩まされることもある。歯切れのいい解説のほうがワイドショーを盛り上げ、視聴者受けする。こうした状況の中で、ブラジル戦の直前には、何が何でもサムライ精神力で勝てという世論がエスカレートすることとなった。
日本ではスポーツジャーナリストの数が圧倒的に少ないことにも問題がある。インターネット百科のウイキペディアを検索するとスポーツライターは前述の中西哲生ほか、二ノ宮清純、玉木正之ら全部合わせても25人しか出てこない。ちなみにアメリカのWikipedia検索では361人の名が並ぶ。メディアで活躍できる優れたスポーツライターが数多く出現することを望みたい。そして本格的なスポーツジャーナリズム、とりわけサッカージャーナリズムが開花することを大いに期待したいところだ。

ドイツで”愛国心”復権・・・・・・・サッカーと国家、多様な報道
ワールドカップという舞台でドイツの愛国心が高揚した。三位決定戦で勝ったとき、ドイツではまるで優勝したようにドイツの国旗が打ち振られた。
ドイツのスポーツではヒトラーと冷戦の記憶の中で、戦後長い間おおっぴらにドイツ国旗を打ち振ることが控えられていた。しかし今回のワールドカップ開催に当たってドイツは移民排斥を叫ぶネオナチの封じ込めを始め、地道な努力を積み重ねていた。
決勝のベルリンスタジアムは1936年のベルリンオリンピックの会場であった。日本がクロアチアと戦ったニュルンベルグはナチス党大会の会場として名前がとどろいた場所だ。ユダヤ人強制移送の収容所ともなった。しかしドイツは歴史の記憶を消そうとはしなかった。ニュルンベルグではナチ時代の競技場の跡地に新しいスタジアムを建てたが、ナチ時代の座席など施設の一部を残し、街を訪れた世界各地の人びとにナチの足跡をたどるツアーなども組んだ。
1933年ヒトラーが政権についた後ドイツサッカー協会はユダヤ人を追放した。当時ドイツを代表するゴッドフリート・フスクは亡命、ユリウス・ヒルシュはアウシュビッツで命を落とした。(ニルス・ハーベルン著「ハーケンクロイツ下のサッカー」2005年)
ヒトラーは誕生したばかりのワールドカップで当時無敵だったイタリアに張り合ってドイツ代表チームが活躍することに執心したといわれている。1938年の第三回フランス大会ではその3ヶ月前に併合したオーストリーと統一チームを組んだが、一回戦でスイスに破れ目的を果たせなかった。オーストリーは出場権があったが併合のため出場を果たせず、英雄的スターだったマティアス・ジンデラーは統一チームへの参加を断った。ジンデラーはワールドカップの数ヶ月後にホテルのベッドで死亡したが、それはドイツのサッカーの暗い一断面であるとして語り継がれている。
今回のドイツワールドカップ開催に先立って2006年4月「ハーケンクロイツのもとでのサッカー」というシンポジウムが開催され、その席上ドイツサッカー協会のテオ・ツバンツィカー会長は「ナチはスタジアム建設などサッカーを保護し、多くの選手が協力した」と語り、協会の自己批判を表明した。
かつてヒットラーが侵攻した隣国、フランスやポーランドとも融和が進み、共通教科書の編集まで行われるようになった。EU推進の要としてヨーロッパ諸国の尊敬も集めるようになった。それでもなお、ホルスト・ケーラー、ドイツ大統領は決してドイツの歴史を忘れないとことあるごとに演説する。その大統領は三位が決まったあと「ドイツが陽気で自身満ちた国という印象を世界に示した」と宣言した。
ドイツ国民のわだかまりが完全に消えたわけではない。国旗と異なり国歌は戦前のものが使われている。「世界に冠たるドイツ」という歌詞は削除され、「統一と権利と自由」という新生ドイツを象徴する歌詞で歌われる。ワールドカップ開催の直前、狭小区員組合などがナチ時代の国歌を廃止して新しい国歌を作ろうと呼びかけた。政府は現在の歌詞はドイツの基本的価値をうたったものだ」と反論しており、世論もメルケル首相の見解を支持しているようだ。このような論争をドイツの新聞やテレビも積極的に報道した。
サッカーで勝ってドイツの旗を振っても、もはや過去のナチスが復活する恐れはないと世界の人々にもドイツ人にも思えるときが来たのだということが出来るだろう。
日本のテレビのニュースや報道番組でも開催地ドイツのサッカー事情が数多く放送されたが、中でもTBSの「ドイツサッカーとナチス」(5/7ニュース23)、NHK「ドイツに見るサッカーと愛国心」(7/9BS今日の世界)などはワールドカップ視聴者の視野を広げることに役立った。ジダンの「頭突き事件」もありサッカーと社会とのつながりに関連してかつてなく多様な報道がなされた。私たちはスポーツの分野でも歴史認識を深める必要があるという教訓を、ドイツや、フランスや、イタリーの動きから学ぶことが出来たということが言えるだろう。

放送おろされた韓国SBS解説者・・・愛国心VS正確な解説、実況
愛国主義的高揚が全体主義には結びつかないときっぱりといえるようになったドイツを私はうらやましいと思う。日本が打ち振る国旗「日の丸」は第二次大戦の記憶に結びつくだけに、われわれにもためらいがある。もちろん周辺諸国、とりわけ隣国である韓国や中国には強いアレルギーがある。
中国ではインターネット上で日本代表チームを応援すべきかどうかという論争があった。この論争を伝えたスポーツ紙の環球時報(6/21)は「日本がオーストラリアに負けて嬉しいと思う中国人がいるが、それは靖国や釣魚島(尖閣列島)で不満が蓄積しているからだ。しかし日本はアジアの代表として出場しているのであり、隣人を応援する気持ちを持とう、日本の試合をよく見て長所を学ぼう」と訴えている。
韓国は中国と違って自国のチームが出場していることもあり、愛国心の発露は激越であった。韓国、スイス戦のいわゆる”誤審問題”でナショナリズムが火の玉になるような現象も起きた。
6月23日のGグループ最終戦、スイスがペナルティーエリアから出したパスの受け渡しをめぐって副審が一度オフサイドを宣言、しかし主審が韓国選手の足に当たっているとして試合続行を促し、ボールは韓国ゴールに入り2対0となった。中継していたMBSテレビは選手が涙を流している画面にすかさず「サッカーは今日死んだ」と字幕を入れた。
その後ネット上には抗議が多ければ再試合をするとFIFAが発言したというウワサが駆け巡り、抗議メールの殺到に音を上げたFIFAが韓国からのアクセスを遮断するという騒ぎにまでなった。
同じ試合を中継していたSBSではサッカー解説者のシン・ムンソンはテープをスロー再生して韓国選手の足に当たっていることを確認、「オフサイドではない」と解説した。これに対しても視聴者の抗議が殺到、SBSはシン解説委員を解任、帰国させてしまった。
シン解説委員にインタービューした「ハンギョレ新聞」は「解説委員は試合のルールや状況を分析するのが仕事だ」と一部マスコミや韓国サッカー協会を批判している(7月4日)。同じ問題で記事を書いた朝鮮日報チェ・ジュファン記者は、「インターネット上では、最近シンさんの番組降板をきっかけに、盲目的な愛国主義を反省しようという動きがある」とも書いている(7月1日)。
一方6月12日韓国では日本・オーストラリア戦の視聴率が53%に達したという現象もおきた。日本の視聴率49%より高い.
「オーストラリアのゴールが決まるたびに歓声があふれた」と伝えた電子新聞「オー・マイ・ニュース」は記事の中でなぜオーストラリアの勝利が騒がれる理由は何かと自問し、「独島(竹島)を巡ってEEZ( 排他的経済水域)の再設定の会議が行われているということが理由になっているのだろうか」と暗にスポーツと政治の混同を戒める記事を掲載した。
中国や、韓国で排他的な愛国主義にブレーキがかかり始めているように私は思う。

サッカーの指向するインターナショナリズム
FIFAに加盟するサッカー協会は207の国と地域が集っている。国連加盟の192ヶ国より多い。国連に加盟していない北朝鮮、パレスチナも加盟している。台湾、香港、マカオ、タヒチ、ケーマンアイランド、バージンアイランドなどにもサッカー協会があってFIFAの一員である。よく知られるようにイングランドの応援にはイギリス国旗ではなく赤い十の字のイングランドの旗がなびく。
FIFAは今回のドイツワールドカップの最大のテーマに「人種差別にノー」を打ち出した。ピッチの中央にはすべての試合の前に差別反対を訴えるメッセージを書き込んだ大きな白いマークがおかれ、それを世界中の人が目にした。準々決勝ではジダン、ベッカムらスター選手が勢ぞろいして、差別のない世界を訴えた。「プレーを見ている全世界の皆さんにお願いがあります。社会から人種差別をなくすため声を上げましょう」とメッセージを読み上げたジダンの声も世界に届いたはずだ。その光景を見ているだけに、決勝での出来事はかえすがえすも残念なことであった。
試合期間中はヨーロッパ全土のテレビで同じようなコマーシャルメッセージが流れ続けた。移民の子であるアンリ選手らがプラカードを持ってテレビに登場する。
「フットボールが好きだ、チャレンジが好きだ、ボールをける音、観客の声援、喜びの歓声、すべてが好きだ。しかしいまだに肌の色での侮辱が続く、皆さんの声が必要です。レイシズムをなくすために、差別を見つけたら、Say No, Stand Up Speak Up」
私はワールドカップの中継やインターネットのStand Upコマーシャルを見ながらワールドカップは国を超え、人種を超えてそういう呼びかけが出来る場所として機能していることに感動を覚えていた。ほかならぬジダンがレッドカードで受けて競技場を去ったことは衝撃的である。
ジダンの事件が今後の人種差別、排外主義の歯止めとして作用することを期待したい。

この記事は「Gallac」(放送批評懇談会)2006年10月号に掲載された
posted by sumiitakao at 14:31| Comment(0) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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