2007年12月01日

ラジオの新しい展開、NPOコミュニティーメディアを考える

 この記事は同志社大学渡辺武達教授による京都新聞の寄付講座で京都大学コンソーシアムで開講された「メディア最前線を歩む」第7回に招かれた時の隅井の講義録である。2007年6月2日

 ラジオの新しい展開、NPOコミュニティーメディアを考える
 1.昔、ラジオは重要な基幹メディアだった
 今日は主としてラジオの話です。皆さんラジオ聞いていますか。ラジオはかつてメディアの中で、重要な基幹メディアとして活躍していた時期があります。また若者メディアとして時代の中で大きな影響力を発揮していたときもあります。日本ではラジオはマイナーだと思われていますが、アメリカ、イギリス、フランスはもとより、アフリカ、中南米、中国、東南アジア、その他世界各地では依然として重要なメディアで生活に密着、時には政治にも大きな影響力を発揮しています。
 日本のラジオはアメリカに5年遅れて1925年大正14年に始まりました。しかし公益法人とするという政府の指導の下、新しく生まれた放送協会は逓信省の管轄化におかれたばかりではなく、太平洋戦争時には軍部がラジオ報道を掌握、大本営発表という名の官製ニュースとして国民を誤った方向に導きました。
 しかし、一部軍部の反対を押し切って8月15日に放送された、昭和天皇の「ポツダム宣言受諾」のラジオ放送(天皇の特別な言葉という意味で玉音放送と呼ばれた)は、それまでアメリカに徹底抗戦を叫んでいた世論を一変させ、占領軍の日本進駐を平和裏に受け入れる基礎となりました。天皇の名の下に世界を敵に回した日本はこのラジオ放送の天皇の言葉で180度の転換を果たしたのは歴史の皮肉でもあるでしょう。
 戦後NHKは占領軍の指導下に再組織され、アメリカの望む民主主義を日本に定着させるためのメディアとしてNHKは大きな役割を果たします。しかし放送という強力なメディアが民主主義に有効に機能するためには民間の放送を開設して、競争原理を導入すべきだという動きがおきます。その背後には占領終了後をにらんだアメリカの考えがあったことから、アメリカ式の民間商業放送が日本に生まれます。ラジオでは1951年はじめての民間放送が名古屋、大阪、東京などに次々に民放が誕生、その2年後に開始されたテレビ放送もNHKと民放の二つのシステムが共存することになりました。
 ラジオはテレビ開始後もリーディングメディアとして活躍、ラジオ文化の華を咲かせますが、1965年ごろからテレビに主役の座を譲ります。しかしその後もパーソナルメディア若者メディアとして「オールナイトニッポン」、「セイ・ヤング」などでラジオファンの心を捉え、また阪神大震災など災害報道でも活躍を続けました。今日のテーマのコミュニティーラジオは、ラジオの新しい展開を意図して1992年に登場しました。今年で15年になります。
 戦後のラジオ放送のあり方を知るため、最近放送された報道ステーションのラジオについての特集をみましょう。
 
 2.問題あり!!! 放送メディアの仕組み、
 日本の放送メディアは基本的には全国メディアです。
NHKは全国単一の放送局であり、組織上は北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州の8ブロックにわける考えをしています。そしてほぼ都道府県ごとに放送局が置かれています。
 民放テレビは法律上ほぼ都道府県単位で設立された地域放送局だとされていますが、事実上東京、大阪を中心にした五つのネットワーク(日本テレビ系列、TBS/毎日放送系列、テレビ朝日/朝日放送系列、フジテレビ系列、テレビ東京系列)が整備されています。地方番組はローカルニュース、ローカルワイドなど報道系、情報系にほぼ限られています。なお東京、大阪のテレビ局のエリアは関東一円、近畿一円と広域であり、府県単位ではないため、神奈川、京都、神戸など一部に広域圏UHFという特殊なテレビ局が免許されています。
 ラジオの場合はテレビほどネットワークの機能が少なく都道府県単位のメディアだといってよいでしょう。しかし、AM局FM局ともに電波の到達可能エリア超えた範囲をエリアとしているため、無数の送信所の設置によって放送電波をつないでいます。
 以上でわかっていただけると思いますが、日本の放送では全国メディアと都道府県メディアはあっても、市町村を単位とするメディアが存在をしていません。経済用語では寡占状態にあるといえます。
たとえばアメリカには現在13,748のラジオ局があります。多くが市などの行政区が単位です。1つのエリアにたくさんあります。私の住んでいたマンハッタン(ニューヨーク市ではAM30局、FM45局のラジオが受信できました。
 京都の場合NHKの天気予報を見ると舞鶴、宮津、福知山、京丹後、南丹、美山、京都、京田辺などの8地区に分かれています。その8地区それぞれに数十のラジオ放送局があると思って見て下さい。
日本のラジオ局の数は全国であわせても101局(AM 46, FM 54, 短波1)です。京都のラジオはAM3、FM3です。(大阪の局も入れればAM7、FM6になりますが・・・)

 3.コミュニティーFM登場の背景
 コミュニティーFMの登場は1992年です。市民運動、消費者運動、環境保護運動の高まりとともに、市民の間でコミュニティーメディアの必要性が痛感されるようになる一方、政府の地方活性化政策とその核になる地域情報環境の整備が着目されるという背景の中で、政府の政策転換がありました。放送免許は前述のように県域免許を前提としていましたが規制緩和によって市町村単位の電波免許が可能となりました。この様な事情から当初は地方自治体が中心となった第三セクターとしてコミュニティーラジオが誕生しましたが、そのうち、純粋な民間資本も参加するようになりました。また2003年に始めてNPOという経営形態をとる局(京都コミュニティーFM)に対して総務省通信局が周波数割り当てを行ったのを契機にNPO局も増えつつあります。
 NPOが注目されたきっかけのひとつに、1996年に開局したFMわいわいがの存在をぬきにできません。1995年一月に発生した阪神淡路大震災の際、キリスト教会の一角にテントを張って放送が始まりました。マスコミでは伝えられない地域密着のさまざまな情報が発信されましたたが、中でも、英語はもとより、中国語、韓国語、スペイン語、ポルトガル語地などの多言語放送は、情報を知ることができない外国人に貴重な情報源となったのです。
 当初は無免許で始めましたが、監督官庁は黙認しただけではなく、積極的にこのミニ放送局の意義を認め、1年後には正規の免許を獲得することとなりました。当時はNPOに免許を出すという発想がなかったので、会社組織をとりましたが、活動はNPOそのものです。
 当初はコミュニティー放送の出力が1ワットと小さく、いわゆる市民無線のような存在でしたが、1995年10ワットに、1999年には20ワットに増力されました。それでも既存のラジオ電波と比べれば格段に弱いので(普通のFM民放は5キロワット)、このことがコミュニティーラジオが十分力を出せない原因になっています。通信局は既存ラジオの権益を保護するという考えが強いこともあり、コミュニティーラジオを小さく閉じ込めていると言えます。
 2007年5月2日現在コミュニティー放送の数は209局、最新の開局は奄美のディFM(NPO)です。うちNPO は9局あります。

 4.なぜNPOなの? 京都三条ラジオカフェの場合
 今から4年前2003年3月、京都三条に日本で始めてNPO( 非営利組織)が運営するコミュニティーラジオが誕生しました。京都コミュニティー放送(愛称京都三条ラジオカフェ)です。コミュニティー放送は政府から周波数の割り当てを受ける正規の放送事業であり、京都中心部での公共の電波の占有権を付与されているという意味で、公共放送としての性格を持っています。
 これまで電波の監督官庁である総務省はコミュニティーラジオであっても株式会社の形態をとり、コマーシャル収入で運営する商業民放型のものしか認めてきませんでした。
 ところが京都三条ラジオカフェの場合は市民の代表が会員として基金を拠出し、番組は市民が誰でも一分間3000円という放送使用料を払って自由に制作できる、そしてそれが収入源となるという、これまでになかった画期的な形態をとることとなりました。もちろんコマーシャル放送も受け入れていますから、市民が制作する番組を企業が支えるものもあるし、企業が公共性ある番組をスポンサーとして提供もすることもあります。つまり非営利公共放送と商業放送のハイブリッド型放送として運営されているわけです。
 京都には登録されたNPOは300以上あります。日本でももっとも活発なNPO都市だといえるでしょう。NPOとして届けを出していなくても活発に活動している民間団体の数は4000をくだらないといいます。さすが京都議定書を生んだ都だと感心させられます。
 京都三条ラジオカフェは設立に当たってNPO諸団体の支援を受けました。ラジオ局自体がNPOであるとともに、番組を制作して放送しているNPO組織、たとえば京都気候ネットワークなど全国的に知られた有力NPOが番組会員として名を連ねています。市民による市民のためのラジオ、NPOによるNPOのためのラジオでもあるのです。
 京都市は学生の町だということもラジオカフェには追い風になっています。市内に27の大学があり、人口147万人の一割、15万人の学生が京都市内と近郊にいます。番組制作のスタッフ、放送の送り出しのスタッフ、ニュースのアナウンサー、市民レポーターとして学生たちがボランティアで積極的に参加しているのです。単位も取れるインターンで運営に参加する学生もいます。また現在多くの大学のゼミなど学生グループが自主番組を制作、放送しています。
 京都の中心部、とりわけ三条通りや近接する姉小路通り、寺町通りは住民、会社、商店による町の活性化が盛んです。街づくりのための話し合いからコミュニティーラジオ放送局を作ろうという発想が出ました。ラジオにかかわる人々の多くが何らかの形で地域の住民グループに加わっています。地元ローカル局の京都放送KBSのスタッフが20年以上にわたって市民のための放送局を目指す運動を展開していた、その経験が積み重なっていた、という好条件にも恵まれていたのです。

 5.私がコミュニティーラジオの会員になったわけ
 2002年は、住民によるコミュニティーラジオ設立の運動がピークに達していたころでした。株式会社ではなく、住民の拠出による非営利の組織として旗揚げしようという、当時としては斬新なアイディアでしきりに総務省近畿通信局との交渉が行われていました。
 その少し前に京都に住むようになった私はある日、ラジオ局を街中に作る運動を促進するための集会のパネラーに呼ばれました。
 私は東京の日本テレビに40年ほど長年勤めていましたが、1986年から1999年までアメリカ、ニューヨークで仕事をしていました。その経験からアメリカのラジオの実情を語ってほしいという依頼でした。アメリカではラジオが多くの人々に聞かれ、愛される活性化したメディアです。集会のあとKBSで長年番組を作っていたプロデューサーで、長年の友人でもある町田寿二さん(現ラジオカフェ放送局長)に協力を頼まれました。
 私は日本テレビを退職し、京都学園大学の教授として大学でメディア文化について教えていました。その上私の京都の住まいはラジオカフェのスタジオと同じ三条通りでした。住んでいる地域に社会貢献できるまたとないチャンスだと思いました。私の経験も生かせます。大学の研究や教育にも生かせると思いました。
 私はラジオ設立に賛同して正会員としての会費10万円を払い、放送番組のプラン作りに参加し、理事会で副理事長に選出され主として番組編成に責任を持つ番組編成委員長としてかかわることとなったのです。

 6.市民との信頼あってこそ
 今ラジオカフェには10万円拠出した正会員が100人います。さらに一口50万円の債券も発行しました。これらの資金およそ2000万円がが、アンテナやスタジオの設備資金になり、小さな放送局が生まれました。
市民による番組は120本ほどあります。ボランティアで協力してくれる賛助会員が日常の放送送り出し、ミキサー、収録などを手伝ってくれます。
 放送局の専任スタッフはわずか4人。それでもやっていけるのはひとえにボランティア、番組会員として支えてくれる市民のおかげです。
売り上げは年間3000万円ほどしかないかの小さなラジオですが、収支トントン、赤字はありません。まさに非営利事業の典型です
放送に市民が自主参加して、自由に番組を作る。スポンサーがついている番組もありますがスポンサーに縛られることもないし、縛るスポンサーもいません。
 勝手に番組を作ったら、変な番組、偏った番組、売り込みの番組などが出てきて困ることはないかとしばしば聞かれます。しかし今のところ放送法にふれるような困った番組は皆無です。市民社会を信頼し、市民の責任で番組を作るという考えが浸透しているからに違いありません。節度を持った、まじめな番組、楽しい番組のオンパレードと言っていいのではないでしょうか。

 7.目指せ!!大学ラジオ、大学テレビ
 ラジオカフェの番組の中に大学生の番組会員が作る番組、大学のゼミの学生が作る番組があります。龍谷大学の「ラジオタックル」、帝塚山大学の「トラブルメーカー」、「同志社女子大「Viviラジオ」、京都女子大「みんなのラジオ」、立命館大学(津田ゼミ)「ぼらラジオ」、立命館大学(君島ゼミ)「Peace by Piece」、大学の垣根を越えて学生が集まった「日常から世界へ」などさまざまです。中には「安齋育郎のティータイムエッセイ」という大学教授が毎週語る番組もあります。ゼミで運営される番組に参加すれば大学の単位にもなると聞きました。
 そこで私は考えたのですが、大学生が主体になり、大学の構内から発信する大学ラジオという発想はどうでしょうか。大学が、あるいは大学生がラジオ局を作るのです。大学ラジオにもNPOラジオと同じように免許を下ろすよう、国に働きかけたらどうでしょうか。ほとんどの大学には放送部というクラブ活動があります。メディア文化学部、ジャーナリズム学科などもあります。スタジオ作って校内放送やメディアの実習に役立てている大学も数多くあります。
 アメリカではキャンパスラジオが200局あり、隆盛を極めています。いずれも本格的ラジオ局として親しまれています、私が住んでいたニューヨークでもニューヨーク大学NYU、市立大学CUNYなどが電波を出していて、一般市民が聞いています。全米の大学ラジオのヒットチャートもあります。アメリカのキャンパスミュージックベストテンCMJ200やカナダのキャンパスラジオ・トップ50は音楽業界でも権威があります。音楽の最新の流行はキャンパスラジオが頼りだと友人の音楽プロデューサーから聞きました。
 日本でもラジオ好き、メディア好きの大学生が運動を起こす必要があるでしょう。世論に訴えなければ政府は動きません。日本の大学生の奮起を期待します。
以上
posted by sumiitakao at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。