2010年03月31日

沖縄の基地撤去、国際的世論形成は可能だ

リレー時評 沖縄の基地撤去、国際的世論形成は可能だ 
No. 44 隅井孝雄 2010年1月25日

これは「ジャーナリスト、622号」2010年1月25日のコラム「リレー時評」に掲載された。

「鳩山アメリカと対等の関係を望む」、「菅新財務相円安発言」、「クリントン国務長官基地について確約を望む」、「小沢幹事長勢力振るう」、「オバマ政権は(日本に)タフすぎるか」、「ひき逃げ兵起訴ざれる」、「日本政府、核密約清算へ」、「岡田、クリントン会談」・・・・アメリカの有力紙「ワシントンポスト(電子版)はこの年明け連日のように日本関係の記事を掲載している。
昨年9月政権が交替してから世界各国のメディアが日本に注目するようになった。特に外交問題、日米関係にスポットが当る。前の自民党政権ではスキャンダル以外話題にもならなかったことを考えると隔世の感がある。外務省の調べだと鳩山、沖縄等をキーワードにする日本関連記事が諸外国のメディアで急増し、昨年10月には10万件を越えたという。
その中で1月10日の投稿記事が私の目を引いた。「沖縄問題での鳩山政権の”動揺”は民主主義の証」と題する小文は「100万を越える沖縄の住民は美しい浜辺と海を空港に変えることに反対している。犠牲を彼らに強要することは難しい。日本の首相が(アメリカの意向に添うことを)ためらっているのは民主主義が機能している証拠ではないか」という。県民の意向が政治に反映する可能性があると示唆しているのだ。どうやら沖縄駐留の経験がある人物の投稿らしい。どちらかと言うと鳩山政権に批判的な記事の多いワシントンポストがこの投稿を掲載したことに私は国際世論の微妙な変化を見る思いだ。
イギリスの主要紙も連日のように東京発の記事を送り続けている。代表的な経済紙「ファイナンシャルタイムス」は昨年11月9日の辺野古移転反対県民集会を取材、写真付で大々的に報道した。この記事には島津藩の琉球処分、米軍統治、ヘリ墜落事故、普天間基地移転合意など年表付きの懇切丁寧な編集ぶりだ。同社東京支局が本社に送稿した日本に関する記事は鳩山政権発足以来100本にのぼると言う。
政権発足時以降、折に触れて日本のニュースを取り上げているBBCも鳩山政権の対米関係に関心を抱き、アメリカゲイツ国防長官の訪日を取り上げた昨年10月21日のニュースでは「日本にいる47,000米軍のほとんどが沖縄に駐留している。基地に終止符をうちたいという沖縄県民の強い願いを踏まえて、新政権がアメリカとどう交渉するかが、今後の日米関係のポイントになる」と伝えている。
1月13日には普天間移転を中心議題に岡田外務大臣とクリントン国務長官の会談が行なわれた。沖縄の基地をめぐる日米交渉は今や世界のメディアの関心の的になっている。青い海に望む砂浜、ジュゴンのいる海、さんごに囲まれた島には軍事基地はふさわしくないという国際世論を形成することは可能だと思う。アメリカに、世界に向けて沖縄の願いを粘り強く発信し続けることが、いまほど望まれる時はない。
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沖縄の基地撤去、国際的世論形成は可能だ

リレー時評 沖縄の基地撤去、国際的世論形成は可能だ 
No. 44 隅井孝雄 2010年1月25日

これは「ジャーナリスト、622号」2010年1月25日のコラム「リレー時評」に掲載された。

「鳩山アメリカと対等の関係を望む」、「菅新財務相円安発言」、「クリントン国務長官基地について確約を望む」、「小沢幹事長勢力振るう」、「オバマ政権は(日本に)タフすぎるか」、「ひき逃げ兵起訴ざれる」、「日本政府、核密約清算へ」、「岡田、クリントン会談」・・・・アメリカの有力紙「ワシントンポスト(電子版)はこの年明け連日のように日本関係の記事を掲載している。
昨年9月政権が交替してから世界各国のメディアが日本に注目するようになった。特に外交問題、日米関係にスポットが当る。前の自民党政権ではスキャンダル以外話題にもならなかったことを考えると隔世の感がある。外務省の調べだと鳩山、沖縄等をキーワードにする日本関連記事が諸外国のメディアで急増し、昨年10月には10万件を越えたという。
その中で1月10日の投稿記事が私の目を引いた。「沖縄問題での鳩山政権の”動揺”は民主主義の証」と題する小文は「100万を越える沖縄の住民は美しい浜辺と海を空港に変えることに反対している。犠牲を彼らに強要することは難しい。日本の首相が(アメリカの意向に添うことを)ためらっているのは民主主義が機能している証拠ではないか」という。県民の意向が政治に反映する可能性があると示唆しているのだ。どうやら沖縄駐留の経験がある人物の投稿らしい。どちらかと言うと鳩山政権に批判的な記事の多いワシントンポストがこの投稿を掲載したことに私は国際世論の微妙な変化を見る思いだ。
イギリスの主要紙も連日のように東京発の記事を送り続けている。代表的な経済紙「ファイナンシャルタイムス」は昨年11月9日の辺野古移転反対県民集会を取材、写真付で大々的に報道した。この記事には島津藩の琉球処分、米軍統治、ヘリ墜落事故、普天間基地移転合意など年表付きの懇切丁寧な編集ぶりだ。同社東京支局が本社に送稿した日本に関する記事は鳩山政権発足以来100本にのぼると言う。
政権発足時以降、折に触れて日本のニュースを取り上げているBBCも鳩山政権の対米関係に関心を抱き、アメリカゲイツ国防長官の訪日を取り上げた昨年10月21日のニュースでは「日本にいる47,000米軍のほとんどが沖縄に駐留している。基地に終止符をうちたいという沖縄県民の強い願いを踏まえて、新政権がアメリカとどう交渉するかが、今後の日米関係のポイントになる」と伝えている。
1月13日には普天間移転を中心議題に岡田外務大臣とクリントン国務長官の会談が行なわれた。沖縄の基地をめぐる日米交渉は今や世界のメディアの関心の的になっている。青い海に望む砂浜、ジュゴンのいる海、さんごに囲まれた島には軍事基地はふさわしくないという国際世論を形成することは可能だと思う。アメリカに、世界に向けて沖縄の願いを粘り強く発信し続けることが、いまほど望まれる時はない。
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2010年03月29日

テレビ評 12月8日と戦争

テレビ評 12月8日と戦争
No.43 1/13/10 隅井孝雄 

これは「Galac」2010年3月号(放送批評懇談会)のギャラクシー賞テレビ部門作品についての批評として掲載された。

2009年12月、日米開戦を話題にした「真珠湾の謎」(NHK総合12月6日)、「太平洋戦争への道」(NHK総合12月7日)、「障害者たちの太平洋戦争」(NHK教育12月6日)などの特集番組が放送された。12月8日についてニュースでの扱いがほとんどなく、民放も関連番組が皆無だったことに比べ、NHKの意欲的な取り組みが目を引く。
ニュースには決まりものというジャンルがある。真珠湾を屈辱の日とするアメリカでは12月7日にテレビが必ずニュースで扱う。日本では、原爆投下、敗戦へと続く8月にはニュース、慰霊式典中継、そして数々の報道番組が放送される。戦争に敗れた記録を振り返ることによって、戦争につき進んだ時代への反省とするというのはある意味では分り易い。しかし「戦果」を上げたかのようにみえる「真珠湾攻撃」のニュースに、当時、国民の間から鬨の声が上がった。「反省への糧」とすることは容易なことではない。
NHKは昨年8月「日本海軍400時間の証言」を放送した。英米との全面戦争へと大きく舵を切った戦争当事者たちが「戦争への道」を語ったもので、大きな反響を呼んだことは記憶に新しい。この番組が改めて「真珠湾」を見直すきっかけになったものと思われる。また昨年8月に国際共同制作の「よみがえる第二次世界大戦」(3回シリーズ)をNHKBSが放送したことも、12月の特集につながっているのではないか。
「真珠湾の謎」の場合、当時大本営は特殊潜航艇の魚雷が戦艦アリゾナを撃沈したと大々的に発表、乗り組んだ兵士たちを「軍神」とした。だがこの番組では、その事実を否定、大本営の「世論操作」であることを明かにした。新聞各紙やNHKの報道によって国民の戦意は高揚し、「特攻」は日常となったことを考えると、この番組自体、69年目の誤報“の検証という重大な意味合いを持つ。
今年は朝鮮併合100年という歴史の節目にあたる。「なぜ戦争を始めたか」を繰返し問い直す番組が数多く制作されることを期待したい。
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2010年03月28日

ドラマ「坂の上の雲」をめぐる近代史論争、NHKとの対話は可能か

 ドラマ「坂の上の雲」をめぐる近代史論争、NHKとの対話は可能か
 No.42, 1/1/10 隅井孝雄

 これは「放送レポート」222号(2010年1月、メディア総合研究所)に掲載された。

 NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」について放送に先だって日本近代史論争が起きている。この小稿が読者のみなさんの眼にふれるころには放送が始まっているが、放送前に、番組企画について視聴者から意見が出るのは珍しいケースではないかと思う。そこでいきさつを紹介しながら、この動きがはらんでいる問題について考えたい。
 発端は今年8月中旬京都で開かれた「NHKドラマ”坂の上の雲”を考える」だった。歴史学者中塚明氏(奈良女子大学名誉教授)の講演が行なわれた後、「日露戦争」などの著書のある歴史学者井口和起氏(京都府立大学名誉教授)を中心に、映像関係者、弁護士らによるシンポジウムが行なわれた。中塚教授はかねてからいわゆる「司馬史観」に批判的な見解を持ち、ドラマ「坂の上の雲」についても論考がある。
 京都ではちょうどこの頃、明治建築の京都府庁本館や海軍鎮守府のあった舞鶴ロケなどが重なり「坂の上の雲」への関心が高まり、会場の京大会館には参加者があふれた。私がもっとも興味を抱いたのは、テレビ番組への企画に対して歴史学者の立場から批判が行なわれたという事実である。
 「坂の上の雲」では日露戦争は祖国防衛戦争と位置づけているが、実体は日露両国による朝鮮の覇権をめぐる戦いであった、これを契機に日本は朝鮮を併合し、中国進出に向った、というのが中塚教授の見方である。日本の暴走は日露戦争の後からはじまったとして肯定的に見る司馬史観をそのまま描くことは近現代史を誤った認識に導くと批判している。更に氏は司馬遼太郎自身がこの作品について「映画とかテレビとか、視覚的なものに翻訳されたくない。ミリタリズムを鼓吹している様に誤解される恐れがある」(1986年5月21日ETV)と語っていることも紹介した。その上で、日本の韓国併合100年という節目に放送される番組としては問題がありはしないか、近現代史の認識を謝らせることにならないかとのべた。
 京都のシンポジウム名で送られた質問状に対し、NHKの番組プロデューサーの西村与志木氏は「(原作は)戦争讃美の姿勢で書かれたものではありません。近代国家の第一歩を記した明治のエネルギーと苦悩を描き、現代日本人に勇気と示唆を与えるものとしたいと思います」と回答している。ある意味ですれ違いだともいえよう。
 京都のシンポジウムの後、市民や歴史家による同じような集会は、川崎(11月1日)、神戸(11月8日)などで開かれ、全国的な規模に広がっている。放送直前の11月26日には「『坂の上の雲』を考える全国ネットワーク」がNHK改めて申し入れを行なった。その中で日露戦争を検証する番組を制作するようにと要望しているのが目を引く。一連の動きを見る限り、歴史研究家や視聴者はNHKとの対話を求めているといえるだろう。
 テレビドラマという作品の企画内容に視聴者が係わることが出来るのかどうかという問題もあるだろう。NHKスペシャルなどのドキュメンタリーでは近代100年の歴史を俯瞰し、戦争に衝き進んだ不幸な歴史を振り返りつつ、新たな日本のあり方を探る番組も数多く作られている。この機会にドラマも含んだ番組の企画、制作をめぐって、NHKの制作者と市民視聴者(特にこの場合は歴史学者)との間の対話の機会を持つ事は出来ないものだろうか。それが出来ればNHKが公共放送としての実体を持つ事になると思うのだ。
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2010年03月26日

地デジ化をめぐる外国の経験と日本の状況

地デジ化をめぐる外国の経験と日本の状況
No. 41, 12/19/09隅井孝雄

これは2009年12月19日 京都機関紙会館5階大会議室で開催された「地デジ問題を考えるつどい」(NHK問題京都連絡会議、住まいと人権を守る京都連絡会などの主催)での講演要旨である。

1.デジタルテレビへの全面転換、つまりアナログ放送の廃止は2011年7月に予定され、論議を呼んでいる。テレビのデジタル化は日本では2003年12月に始まった(大阪は2004年、京都は2005年)。現在異なった電波によって同時に二つの同じ放送が流れている。テレビ放送は日本では1953年に開始された。最初は白黒のローカル地上波だったがマイクロ回線によるネットワークが形成されて全国放送になり、1964年の東京オリンピックを契機にカラー放送が導入された。ビデオ器機、衛星放送、小型ビデオカメラの導入など幾つかの技術が進んだが、全面デジタル化は最も大きな技術変化だと言える。

2.テレビはデジタル化によって情報量と情報スピードが飛躍的に大きくなる。他の映像、音響、電話、コンピューター関連機器など一連の情報手段との相互乗り入れが可能になる。またテレビ放送をアナログ波からデジタル波に移行させる事によって、様々なデジタルシステム用の周波数を確保できる。国際機関で技術規準の統一が進んでいる。既にアメリカのテレビは全面デジタル化を行い、ドイツ、イギリス、韓国等の各国でもデジタル化、アナログ停波を目前にしている。

3.アメリカでは2009年2月17日に予定されていたデジタルへの移行を6月12日迄4ヵ月延期した。アメリカでは1憶1200万テレビ世帯の6割がケーブルテレビ、3割が衛星経由でテレビを視聴しているため、デジタルへの切り替は簡単だと思われていた。しかしアンテナで視聴しているほぼ1000万台のテレビは、貧困世帯、高齢者世帯が多く、テレビの買い換えがすすまなかった。政府はアダプターが買えるクーポンを用意したものの、申し込みが殺到して受取れない世帯が大量に出た。これが主な要因となり、オバマ新政権は貧困家庭への保護策重視の立場から延期した。結局2月17日には368局がアナログを停波、6月12日に約1000局が移行してデジタル時代に移った。なおハワイ州は2月15日に移行作業を行なった。FCCは4000人のボランティアが待機するコールセンターを設置したが、6月8日から6月12日の問合せは70万件に達した。

4.イギリスは世界の中で最もデジタル化が進んでいると言われている。BBCのデジタル放送は1998年に始まった。そして2002年デジタルプラーットフォーム、「Free View」 を立ち上げた。BBCは新たなデジタルサービスのチャンネルを次々に増やす一方、民放デジタル、衛星デジタルも包含、加入者は980万件に拡大した。2台目、3台目の契約をカウントすると1700万件になるとも言われている。この他衛星、ケーブルのデジタル加入が1200万件あり、デジタル普及はテレビ世帯の89.2%に達している。「Free View」 のアダプターは20ポンド(2800円)、基本サービスは無料というシステムである。現在の地上波テレビを含むチ51ャンネル、ラジオ24チャンネルが視聴できる。デジタル普及の先頭にたっているBBCはインターネットへの参入も積極的だ。マーク・トムソン会長は「インターネットを通じた番組配信は戦略の中心だ」と明言している。新しい展開の一つにインターネット上での番組配信iPlayerがある。2007年から開始、300近い番組を無料で視聴できる。視聴者はジワリと増え、テレビを持つことのなかった大学生など若者の間に広がっている。放送後一週間に限って見逃がした作品、ニュースを見ることが出来るのだが、こうした視聴者をどのようにして「受信料を払う契約者」にして行くかという課題があるようだ。

5.日本では山間部や都市集合住宅での共聴システムのデジタル移行が難しい。アンテナをデジタル仕様に変え、電波の方向を調節するのは予想以上の難問だということも最近明らかになってきた。このままでいくと500万世帯以上が一挙にデジタル難民化する恐れがある。デジタル受像機の普及は2009年12月現在6300万世帯だが、総務省の調査だと普及世帯は49.1%に止まっている。あと1年半で100%に達する保証はない。政府は生活保護世帯200万にチューナーを無償供与する予定だが、実は同程度の貧困世帯845万世帯は放置されたままだ。地方テレビ局の多くはすでに多額のデジタル出費を強いられている上、もし延期されればアナログ設備の補修、アナログデジタル両様番組制作、送出経費支出は大きな経済的負担になると危惧している。昨今の経済危機、広告不況などを考えると、制作番組の縮小、削減、質的低下の恐れがある。

6.テレビのデジタル化が進につれ市民メディア、独立メディアも盛んな動きを見せている。韓国では、アメリカ牛肉の輸入に対して市民の怒りが爆発したが、ビデオカメラやカメラ付きパソコンを持った若者が現場からの生レポートをインターネットに送り出すことによって、さらに抗議の波を広げ、誕生したばかりの政府を窮地に追い込んだ。韓国では市民メディアの活動が活発で、市民に受け入れられている。テレビに次ぐ情報メディアとして、広告収入でも新聞をしのぐ勢いを示している。

7.アメリカでは大企業に依存しない独立系のメディアが力を発揮している。技術革新が進んだ結果市民の誰もが、世界のどこからでもインターネット技術を駆使してレポートを送ることができるようななったことが市民メディア、独立メディアの支えだ。デモクラシー・ナウを放送しているエイミー・グッドマンは9.11でブッシュ政権が戦争に向かう動きを徹底して批判して視聴者の支持を拡大した。今では320ラジオ、268テレビのネットワーク持ち、インターネットを経由して全世界でも放送するようになった。こうしたメディアの躍進の背景には技術の変化もある。市民がテレビを、テレビスタジオを手にする時代が来たのだ。
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2010年03月24日

世界の公共放送の現状、韓国、イギリス、ドイツの場合

 世界の公共放送の現状、韓国、イギリス、ドイツの場合
 No. 40 11/5/09、隅井孝雄

 これは「法と民主主義」2009年11月号(日本民主主義法律協会)の特集「放送の公共性とは何か、NHKと情報法制の課題」の一つとして掲載された

 メディア再編に揺れる韓国
 2009年9月初旬、私はメディア研究者による日韓シンポジウムに出席するためソウルに滞在していた。そのソウルはメディア法の改正で大揺れだった。
 韓国国会でメディア法改正案が議決されたのは7月22日。与野党激突の大乱闘が繰り広げられた。野党の民主党は議決が無効であるとして最高裁判所に効力停止の仮処分を申請した。
 今回の改正の対象は「新聞法」、「放送法」、「マルチメディア法」(IPTV法)などメディア関連三法である。その骨子は新聞とニュース通信社の兼営禁止条項を廃止する、これまで禁止されていた新聞社および大手企業の資本参加を認める、というものである。資本参加の場合の上限は地上波10%、ケーブル、30%、インターネット49%としている。
 かつて1980年軍事独裁政権のもとでのメディアの統合で民放の東亜放送、東洋放送が廃局、それ以来KBS(韓国放送公社)とMBC二局となった。その後1991年に民放としてSBS(ソウル)など12の地域放送が生れた。MBS(文化放送)は広告を財源とする株式会社だが、その株式の70%は放送文化振興会(政府の外郭公社)が所有している。1990年EBS(教育放送公社)がKBSから分離した。事実上公共放送システムを中心とする寡占化体制が続いているといえよう。

 メディアコンテンツの多様化目指すイミョンパク政権
 イミョンパク政権は「2012年の完全デジタル化に備えるため、地上波、ケーブル、インターネットの規正を緩和する」としている。それによって「新聞、放送など韓国メディアのグローバルな競争力を高め、メディアコンテンツの多様化を促進する」のだという。またこうした改革で「メディアが活性化し、多様化すれば、若者に人気のあるメディア産業の雇用も増える」という。
 放送事情にくわしいジャーナリスト、アンミョンヒさんは「大企業は地上波に出る機会を窺がっている。しかし韓国ではインターネット、ケーブル、衛星、衛星モバイルで多様なサービスがあり、テレビ局を増やす意味はあまりない」と疑問を呈する。
 こうした状況に対して市民の側に強い反発がおきた。インターネット上には政府与党批判の書き込みがあふれ、韓国言論労組や民主言論運動市民連合などが、MBSなどの放送局やの支援を受けて大規模な抗議集会を開き、またKBSのプロデューサー、アナウンサーも一部参加するストライキも行なわれた。
 市民側の動向にくわしい尚志大学のキムキョンハン教授は「この動きに対して野党、言論労組を中心に地域メディア発展法を準備している」と語る。市民に身近な地域放送の新しい制度を創設することで対抗しようとする長期戦略が検討されているのだ。

 「メディアビッグバン」を歓迎する韓国新聞業界
韓国ではメディアの中で新聞の信頼度、接触率低下が著しいが、テレビの信頼度、接触率は極め高い。韓国言論財団の報道信頼度調査によると新聞の信頼度は1998年にテレビに追い抜かれて以来激減し、2008年には新聞16.0%、テレビ60.7%と大きく差が開いた。インターネットも新聞を追い抜き20%に達している。
韓国メディア信頼度 2008 韓国言論財団
1998 2000 2002 2004 2006 2008
新聞 40.8 24.3 19.9 16.1 16.5 16.0
テレビ 49.3 61.9 48.4 62.2 66.6 60.7
ラジオ 7.3 2.5 4.3 4.4 1.4 2.7
雑誌 1.8 0.4 0.8 0.3 0.8 0.4
ネット # 10.8 8.5 16.3 12.8 20.0
 新聞産業は今回のメディア法改正を「メディアビッグバン時代が来た」として、大いに歓迎している。「新聞と放送兼営、複数のケーブル総合チャンネルなどの許容でデジタル時代に向けてメディア産業構造を変化させるきっかけが出来た。現在の様な地上波の放送市場独占は維持できないだろう。新しいメディア技術の発展にあわせるという点で、今度のメディア関連法改定の意義を見出すことが出来ると思う」と韓国言論学界キムヨンギ会長(漢陽大学教授)はいう(2009.9.14中央日報電子版)。新聞業界と政府の目指す‘未来戦略’が極めて端的に読み取れる発言である。
 東亜日報、朝鮮日報、中央日報の三大紙にとってはまさに起死回生の法改正だが、どのような形で参入するかはまだ見えていない。
 
 巨大な影響力持つKBS
 KBS韓国放送公社の本社を訪ねた。国会議事堂のすぐ近くにある堂々とした社屋は文字通り韓国を代表する風格を備えている。
 現政権はKBSを出来るだけ政権に近い存在に変えたいと願っている、と韓国の市民は見ている。就任直後、昨年五月、イ政権はアメリカ牛肉輸入解禁問題で大規模な「キャンドルデモ」にさらされた。KBS、MBCなどの報道が大きな影響を与えた。またノムヒョン前大統領の検察捜査と自殺に関してテレビは政権に批判的な報道を繰り返した。
狂牛病を伝えた番組にねつ造があったとしてMBCの「PD手帳」の制作スタッフが逮捕、起訴されたが、市民は政権がテレビの”体質を変える”ために打った手だと見ている。
一方これまでノムヒョン時代の五年間社長だったチョンヨンジュ社長が汚職容疑で解任され、逮捕された。チョンヨンジュン元社長は韓国民主化の先頭に立ったと言われるハンギョレ新聞の論説主幹だった。新しく選ばれたイビョンスン社長は報道局スタッフを全員入れ替えた。

 KBSの広告は削減、受信料は値上げに
 今回のメディア法改正によって広告を財源とする新しいテレビメディアの登場が期待されている。そのためKBS2の広告放送枠を制限し、その見返りとして、KBSの受信料を二倍に引き上げることが検討されている。韓国の受信料は電力公社が徴収しているため、事実上不払いはない。現在KBSの決算審議だけが国会に送られている、与党ハンナラ党は受信料値上げの引換に予算も国会の審議対象にしたい意向だ。
 KBS(韓国放送公社)は日本統治下の1927年放送を開始した京城放送局が前身。戦後国営放送として米軍管理、朝鮮戦争などの苦難を乗り越え、1973年に韓国放送公社となった。
 第一テレビ、第二テレビ、U-KBS(UHF) のほか、ケーブルと衛星では子会社がドラマ、スポーツ、バラエティー、文化の4系統を持つ。ラジオはAM3波、FM2波、国際ラジオ4波、国際テレビ(KBSワールド)という大規模放送局である。教育放送公社EBSも財源は受信料だが、KBS2では広告放送が大幅に認められている。
 職員数5900人、KBC(韓国放送委員会)が監督機関だが、ハード面では情報通信省、ソフト面では文化観光省が政策的関与を行なっている。

 イラク戦争で存在感高めたイギリスBBC
 BBCの報道がイギリス国民の信頼を受けていることは議論の余地がないと私は思う。それは長い年月のたゆまざる積み重ねによるものであることは言うまでもない。
 BBCがイギリス国内でも海外でも、その客観性、公正さが際立って認識されたのは2003年のイラク戦争においてであった。従軍記者としてイラク戦争の生レポートに登場したクライブ・マイリー記者は、銃弾が飛び交う中のレポートで、イギリス軍の兵士から頼まれて照明弾を手渡したと反省をこめて語った。ともすれば報道者の立場を失いがちな従軍報道の危険性を視聴者に伝えるそのレポートは今も私の脳裡を離れない。 戦場報道のベテランとして国際的に知られるジョン。シンプソン記者は独立したユニ取材の記者として、クルーと共にイラクの戦場に赴いた。それには大きな代償があった。取材中アメリカ軍戦闘機の誤爆を受け、同行のクルド人スタッフが死亡、カメラマンも傷を負い、レンズには血がべったり付いた。彼はあくまでも戦争の恐怖を伝えたいのだと動じることもなく、その場からレポートした。
 イラク軍の捕虜になったアメリカの女性兵士ジェシカ・リンチをアメリカの特殊部隊が救出するという劇的なニュースが報道され、アメリカ中に歓声があがったことがあった。BBCはその「美談」に疑問を抱き、拘留されていた病院を取材した。そしてイラク兵が撤収して存在していなかったこと、イラク人医師たちが負傷していた兵士を手厚く看護したこと、米軍が映画さながら派手に救出を演出したことを明かにした。後にそのジェシカ・リンチ自身がすすんでテレビインタービューに答え、BBCの報道は立証された。
 イラク戦争にあたってBBCは詳細なガイドラインを作成している。わが軍と呼ぶのではなく、イギリス軍と呼ぶ、直接見たことでなければ、そのことを明らかにした上で伝える、政府や軍の情報はその信頼性を検証する、などが定められている。自らの国が参加する戦争で世界のさまざまな国の人々に信頼される客観性を保つという困難に挑んだのだ。

 問われたBBC受信料値上げの是非
 今年6月、保守党デーヴィッド・キャメロン党首が提案していた受信料凍結の法案が否決された。景気後退で民放が苦しんでいるのにBBCだけが値上げするのは筋が通らないというのが保守党の言い分だった。結局BBCの受信料は2%、3ポンド(372円)値上げされ、年142.50ポンド、月11.88ポンド(年22000円、月1830円)となった。
 問題は、商業放送の広告収入が激減していることから始まった。イギリス最大の民放テレビITVは1600人解雇、広告収入はラジオで20%、新聞で33%減った。BBCは今回の増収分を主としてデジタル化の推進、高齢世帯、貧困世帯のデジタル転換援助に当てるとしているが、商業局のローカルニュース支援にも増収分が支出される計画も明かになった。
 しかしBBCについて、依然として一部保守派からの攻撃が続いている。2009年8月、エジンバラで開かれた世界テレビ番組フェスティバルでスピーチに立った英SKY TVの社長ジェームス・マードック(ルーパート・マードックの次男)はBBCとその監督機関である「Ofcom」(Office of Communications 放送通信庁)を激しく批判した。アメリカのように市場原理にまかすべきだという論旨である。一部マードック系の新聞にBBC批判を見受ける。保守党への政権移行が予想されている中、何らかの形での公共放送制度改革は今後日程に上る可能性がある。
 こうした動きに対してBBCは最近の世論調査を引き合いに出し、「受信者の5人に4人はBBCを誇りに思うと答えている」(マーク・トンプソン会長)と反論している。

 イギリスのデジタル転換は成功例
 イギリスのデジタル化は世界でも最も成功していると言われる。BBCのデジタル放送は1998年に始まった。そして2002年BBCを主体にしたデジタルプラーットフォーム、「Free View」 を立ち上げた。加入者は現在980万件、この他衛星、ケーブルのデジタル加入が1200万件あり、デジタル普及はテレビ世帯の89.2%に達した。2012年には全面移行する。
「Free View」 のアダプターは20ポンド(2800円)、基本サービスは無料というシステムである。現在の地上波テレビを含むチ51ャンネル、ラジオ24チャンネルが視聴できる。
 デジタル普及の先頭にたっているBBCはインターネットへの参入も積極的だ。マーク・トムソン会長は「インターネットを通じた番組配信は戦略の中心だ」と明言している。
新しい展開の一つにインターネット上での番組配信iPlayerがある。2007年から開始、300近い番組を無料で視聴できる。視聴者はジワリと増え、テレビを持つことのなかった大学生など若者の間に広がっているのが特徴だ。放送後一週間は見逃がした作品、ニュースを見ることが出来るのだが、こうした視聴者をどのようにして「受信料を払う契約者」にして行くかという課題があるようだ。
 
 オンラインコンテンツの覇者目指すBBC
 若者を取り込むという戦略目標の中で、オンライン視聴者向けにゲームとサスペンスドラマを融合せる作品、双方向機能を駆使して視聴者のリアクションに応じてストーリを変化させるドラマなどの試みも成功している。これまでの番組制作のノウハウを、デジタル技術と融合させることに極めて積極的だ。そのためにBBCはIT業界、ゲーム業界の才能ある人材を次々にヘッドハントしている。デジタル技術戦略部長のエリック・ハガーズは「20年後にBBCの社名から放送という言葉が消えるかも知れない」と予測する。彼はマイクロソフトからBBCにやって来た。
 BBCの今後についてマーク・トムソン会長は「視聴者が特別だとおもう作品(コンテンツ)のために資金とエネルギーを集中する」と発言、放送、映像のコンテンツ面での世界の覇者を目指すことを隠そうとはしない。
 イギリスはBBCイコール公共放送という考えかたから一歩抜け出して、公共概念を拡大している様にも見受けられる。2009年6月に発表された「デジタル完了後のイギリス」という白書では、民放であるITVのローカルニュースを公共サービスと捉え、BBCの受信料の一部を割り当てた。BBC自身もITVローカルニュースの素材などを積極的に提供する。今後ローカルニュースの取材、制作の公共性を確保する為の新しい機構も検討されているという。それには地方新聞の取材、編集、発刊も包含される見込みで、白書は「独立ニュースコンソーシアム財団」の設立を構想している。

 ベルリン放送の数奇な運命
 5年程前に訪問したベルリンの公共放送局RBB(ベルリンブランデンブルグ放送)は78年にわたるドイツの放送の歴史を体現していた。
 本館兼ラジオスタジオは1931年ヒットラーが威信をかけて建設したドイツ様式のどっしりしたビルそのものである。黒光りした煉瓦が78年前の威容を残している。そしてテレビスタジオになっている高層新館の壁面には今でもSFB(自由ベルリン放送)のロゴがそのまま残っている。
 ナチスが崩壊したとき、怒涛のように進軍してきたソビエト軍が兵舎として接収した。そのあとこの地区がフランス軍の管轄になり、自由ベルリン放送として再生した。冷戦中この局のラジオ、テレビはベルリンの東側に呼びかける放送をしきりに行なった。このスタジオから放送されたコントラステという報道番組はひそかに取材スタッフを東に送り、さまざまな報道番組を壁の向こうに放送、東側に多くの視聴者を持っていた。ベルリンの壁崩壊の直前には、東ベルリンの市民のデモ、秘密警察の抑圧を撮影した取材フィルムが壁を越えてコントラステに届けられ、そのテレビ映像は壁の崩壊を早めることになった。
 そして統一後、東側だったブランデンブルグ州をエリアに包含してRBBとなったのである。

 州域公共放送が基幹放送
 ドイツの公共放送はARD(ドイツ公共放送協同体)とZDF(ドイツ第二テレビ)が並列している。ARDは州単位の放送局の集合体でありドイツの基幹放送である。ZDFは1961年、アデナウワー政権の元で国営全国放送として計画されたが、憲法裁判所の判断で公共放送としてスタートすることになったといういきさつがある。公共放送として補完的役割が期待されたと見ていいだろう。
 ARDには役員とか会長はいない。番組制作機能もない。9つの州放送協会の代表の合議制で、全国放送する第一テレビの番組は州放送協会の代表者会議に各局から企画が持ち込まれて決められる。もうひとつのチャンネル第三テレビはそれぞれの州局の独自編成という徹底した地方分権なのだ。国会議事堂に隣接した首都スタジオはARDが管理、運営しているが、ここからはそれぞれの州放送協会の記者たちが政治レポート、議会レポートをするために入れ替わり立替わりやって来る。いわば国会記者クラブスタジオと言った趣むきだ。

 多元的民主主義目指すドイツの公共放送
私がインタビューしたRBBのヴォルカー・シュレック広報局長(当時)は「ARDの歴史を語るには1945年にさかのぼる必要がある」と前置きして、次のように語った。
 「戦争が終わって国営ドイツ放送局は解体された。戦争中ナチスのプロパガンダの道具だった放送を、国家から独立した放送にするために地方分権による多元的民主主義を機構の上でも、番組の上でも追及することになった」。
 州放送協会の行政上の監督は州毎に選出される放送評議会にゆだねられている。RBBの場合、30名の委員によって構成される。委員の肩書を調べたがそれを列挙すれば、多元的民主主義の実態がよくわかる。
 プロテスタント教会、カトリック教会、在留外国人協会、ユダヤ人協会、ソルベ人協会、経営者連盟、商工会議所、手工業組合、公務員組合、労働組合、農民組合、サービス業労働組合、PTA協会、スポーツ振興協会、女性会議、青少年の会、大学学長会、映画協会、音楽評議会、芸術アカデミー、ジャーナリスト協会、自然保護協会、ベルリン州各政党代表、ブランデンブルグ州各政党代表などなどである。
 選出母体に委員決定にゆだねられ州政府は関与していない、ということだった。政党の発言権は3分の1にすぎない。
 地方分権と多元性は日本でも取り入れる必要があると私は強く感じた。

参考文献
メディアビッグバン時代、未来戦略とは何か 中央日報電子版 2009.9.5
国会大乱闘の韓国、メディア法可決、これで何が起きるのか チョウチャンウン趙章恩(JIBC会長、IT評論家) IT日経 2009.7.30
メディア法改正で新聞とテレビが対立 アンヨンヒ Galac 2009年5月号
韓国放送界の現状 放送文化と放送制度 月刊民放2005年12月号、アンチャンヒョン(KBS文化研究所研究員)
世界の放送2009 NHK放送文化研究所
聞き取りインタビュー キムヨンハン(尚志大学教授) 2009.9.11
聞き取りインタビュー アンミョンヒ(ジャーナリスト) 2009.9.12
聞き取りインタビュー イジンロ(霊山大学教授) 2009.9.12
BBC支配に終止符を、ジェームス・マードックが主張 ファイナンシャルタイムス 2009年8月29日
BBCは受信料凍結を受け容れるべきだ デイリー・テレグラフ 2009年3月16日 
マードックジュニア、BBC滅多斬り 小林恭子 Galac 2009年11月号
新動画時代、テレビは変る、英公共放送の挑戦 NHK 2008年3月20日
受信料はBBC以外に配分されるのか、英公共放送サービスの将来像論議の行方 放送研究と調査 2009年10月号
イラク戦争とジャーナリズム NHKBS1 2003年9月30日
イラク報道の真実、BBC vs. イギリス政府 BBC 2003年10月
ドイツの公共放送に見る多元的民主主義を考える 隅井孝雄 Aura 12005年6月号
壁崩壊とテレビ(おはよう世界、冷戦後のメディア) 2009年4月6日
聞き取りインタビュー RBB広報局長ヴォルカー・シュレック 2005年4月

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2010年03月21日

見る前に知っておきたい、ウォーターゲート事件

 見る前に知っておきたい、ウォーターゲート事件
 演劇評 フロストニクソン 
 No.39 10/19/09  隅井孝雄

 これは2009年11月から12月にかけて東京天王洲アイル銀河劇場と大阪梅田芸術劇場ドラマシティーなどで上演された舞台劇「フロストニクソン」(北大路欣也、仲井トオル)の紹介と解説記事の一部として「シアターガイド」2009年11月号掲載された。

 1972年6月17日深夜、5人の男がポトマック河畔のウォーターゲートビルにある民主党全国本部に侵入し、パトロール中の警官に逮捕ざれた。「ウォーターゲート」事件の幕開けである。最初はコソ泥かと見られていた男たちの一人が職業はと問われてあっさりCIAと答えた。彼らは盗聴用具を持っており、更に数千ドルの現ナマを手に切れるような100ドル札で所持していた。そしてやがて容疑はホワイトハウスの中枢部に及ぶ。
 ワシントンポストの二人の若い記者、カール・バーンスタインとボブ・ウッドワードが徹底した追跡取材を開始、アメリカを揺るがす事件に発展した。そして2年後のニクソン辞任という結末を迎えたのだった。この間の事情は1976年の映画「大統領の陰謀」(ダスティン・ホフマン、ロバート・レッドフォード)に詳しく描かれている。
 この事件がきっかけとなり「調査報道{ Investigative Report }」という言葉が生れた。政権内部の高官が匿名で取材に協力したが、ワシントンポストは当時上映されていた映画の題名から彼を「ディープ・スロート( Deep Throat )」と呼んだ。そのためこの言葉は内部告発意味する事となった。取材源秘匿が原則とされるようになったのはこの報道以後の事である。
 私の畏友筑紫哲也は当時ワシントン特派員としてこの事件を取材したが、それは彼のジャーナリストとして生涯の原点ともなった。ウォーターゲート事件ほど世界のジャーナリズムに大きな影響を与えたものはない。
 33年後の2005年5月、当時FBI副長官であったマーク・フェルトがディープ・スロートは私だと名乗りで出た。ボブ・ウッドワードと当時の編集局長ベン・ブラッドリーは、確かに彼だったとこの時はじめて認めた。ポスト紙は本人が名乗り出るか、死亡した時以外は秘匿することを原則にし、それを貫いたのだ。そのフェルトは名乗り出た後2008年12月に死去した。
 メディアの報道はニクソンを追い詰め、大統領執務室の録音テープの存在が明かになった。最高裁判所はテープの提出を命じるが、核心部分であると思われた18分30秒間のテープが消去されていた。一挙に大統領弾劾の声が上がるなか、ニクソンは1974年8月9日大統領職を辞任した。しかし彼は一貫して自らの非を認めず、謝罪の言葉を口にすることもなかった。
 イギリス人のテレビ司会者デイヴィッド・フロストのインタビューが行なわれたのはそれから3年後の1977年。ベトナム戦争は終結したが、アメリカ国内は経済が疲弊し、ベトナム帰還兵が街にあふれ、麻薬の習慣が蔓延するなど社会の混乱が続いていた。フロストがもたらした「ニクソンの謝罪」はアメリカが政治的、社会的混乱から立ち直るための重要なステップになったと言えるだろう。イラク戦争を経験し、なおかつ経済危機の只中に投げ込まれたアメリカが8年間のブッシュ時代と訣別し、オバマ政権の下で新しい歩みを進めようとしている今と、ある意味では重なるものがある。
 舞台劇「フロスト/ニクソン」はそれぞれに特異なキャラクターを持つ二人の人間がぶつかり合う心理ドラマであり、ディスカッションドラマだ。北大路欣也と仲村トオルの舞台の上での火の出るような対決が楽しみだ。(隅井孝雄) 

 フロストニクソン
 作 ピーター・モーガン、演出/上演台本 鈴木勝秀
 出演 北大路欣也(リチャードニクソン)、仲村トオル(デイヴィッド・フロスト)佐藤アツヒロ(ジム・レストン)、谷田歩(ジャック・ブレナン)ほか
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テレビ番組評 録音盤が語るNHKの戦争協力

 テレビ番組評 録音盤が語るNHKの戦争協力
 ETV特集 シリーズ戦争とラジオ 第一部 放送は国民に何を伝えたのか
 No. 38 8/16/09 隅井孝雄

 これは8月16日にNHK総合ETV特集で放送された戦争とラジオ、第一部「放送は国民に何を伝えたか」の番組評で、「Galac」 2009年11月号(放送批評懇談会)のギャラクシー賞テレビ部門月間賞作品評として掲載された。

 第二次大戦中NHKのニュースを視聴者が録音していた、その録音盤がある。今もそれを所持している高橋映一さんは多くを語らないが、録音されたニュースは多くのことを私たちに語りかける。
 NHKの番組やニュースの録音盤は敗戦直後焼却され、あるいは打ち壊されてほとんど残っていない。番組の中で再生された録音盤は沖縄特攻出撃の実況やサイパン玉砕のニュースなどであった。いわばNHK戦争協力の動かぬ証拠が出現したといえよう。
 NHKはこの放送が端的に示すように、国民の戦争協力心を高めるキャンペーンを、総力を挙げて展開したといえよう。NHKが主催した「起て一億の夕べ」(日比谷公会堂)の実況も録音が残っているが、それを聴くとその実態がよくわかる。
 残っている戦争中のニュース原稿をめくると、同盟通信から来た原稿を「放送用に書き直した」ことがわかる。それは単なる用語の書きなおしではない。日本軍機が一部未帰還だという記述を消し去り、「私ども一億国民も本土の守りに万全を期したいと」と加筆し、第一線将兵の闘志を強調する文言が加えられている。
 新聞の場合は記事が残ることもあって、戦争責任の追及は戦後すぐに始まった。最近でも戦時中の紙面を検証する作業が続いている。NHKが録音盤を発掘し、そして自らの手でどのような責任を負っているのかを明らかにしようとするこの番組を私は高く評価する。
 戦時中の「放送研究」などを元に、当時のNHKの制作、企画責任者たちの座談会が紹介されている。ドラマ仕立ての再現ではなく、分析的な造りにした方がよかったのではないか。
 当時の報道部員は取材しない。政府や軍の発表、同盟通信の配信を書き写すのが仕事。それをアナウンサーが読みあげた。ジャーナリズム機能を持たないまま広報宣伝機関として役割を担わされたNHKの戦争責任をどのように問うのかが今後に残された。
 隅井孝雄

 ETV特集、シリーズ戦争とラジオ、第一回「放送は国民に何をつたえたのか」
 放送 2009年8月16日 22:00-23:30
 語り 小野卓二、取材、鈴木政信、鈴木正徳、デャレクター 大森淳郎
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2010年03月19日

八月のテレビを見る---かつてない敗戦特集、核特集

 八月のテレビを見る---かつてない敗戦特集、核特集 
 No.37 8/25/09

 これはジャーナリスト、617号、2009年8月25日(日本ジャーナリスト会議)にリレー時評として掲載された。 

 夏休みに入ったたばかりの週末、思いっきりテレビ見た。そして日本が引き起こした戦争について、日本の未来についてじっくりと考える時を過ごした。4日間で見た第二次大戦や核関連番組は実に13本、のべ16時間に達した。「ヒロシマ、少女たちの日記帳」などNHKが力作、大作を揃えたが、民放でも「最後の赤紙配達人」(TBS)、「戦場のラブレター」(日テレ)など4本を数えた。このほか8月15日前後にもNHKドラマ「気骨の判決」など9本の特集が組まれ、徹子の部屋が8月13日から戦争体験特集を組んでいる。
 今年は戦後64年。テレビの場合50年とか60年とか切りのいい周年に力を入れることが多い。そういう習慣から見ると今年は、ナチのポーランド侵攻70年という以外にはいかにも半端な年なのに、なぜ番組が多いのだろうか。私はいくつかの理由が複合していると考える。
 戦争を知る世代が70歳を超え、時間との競争になっている。制作者たちは今しかない、という切迫した思いにかられているのではないか。
 アメリカのオバマ発言の影響もあると思う。彼は初めて、核兵器を使用した唯一の国としての責任について語り、核廃絶を目標にすると言及した。もはや核は抑止力ではなくなった、人類にとって危険な存在だ、とアメリカの識者も廃絶を訴えている。核兵器廃絶の運動は今年以降かつてない高揚期に入る。その状況は報道番組の制作者にも反映しているのではないか。
 民放では日本テレビ系の「NNNドキュメント」や毎日放送の「映像09」などが格差社会に切り込んで注目を浴びたことから活性化し、積極的な報道活動を続けている。2008年秋からは民放の番組編成でかつてなかったほどプライムタイムの報道番組が増えた。私の知る範囲ではNHKの放送現場は歴史に正面から向かい合おうとしている。試行錯誤はあるようだが、NHKスペシャルなどで、朝鮮併合、中国への侵略など日本の近、現代史がしばらく続く。番組と連動して「戦争証言」を集めアーカイブ化するプロジェクトもNHKが8月13日からはじめた。
 NHKや民放の番組のあり方についての批判の声が多い。もちろん批判すべき経営姿勢、番組内容が多々あることを否定するものではない、しかしさまざまな番組を見続けている私としては、放送番組を制作している現場と、市民社会をつなぐかけ橋をどのように構築するか、ということを常に考える。
 テレビは依然として非常に大きな視聴者を持っている。テレビに見入っている人の数や人々の視聴時間はこの10年ほとんど変わっていない。依然としてテレビは重要なメディアだという認識が私にはある。(隅井孝雄)
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テレビ評 ドラマ「遥かなる絆」 NHK

 テレビ評 ドラマ「遥かなる絆」 NHK
 No 36, 2009.8.6

 これは「Galac」2009年8月号(放送批評懇談会)のギャラクシー賞テレビ部門月間賞の作品評として掲載された。

 このドラマの原作「あの戦争から遠く離れて」は大宅壮一ノンフィクション賞や日本ジャーナリスト会議賞など受賞している。作者の城戸久枝とは授賞式等で言葉を交わしたが、もの静かでおとなしい、ごく普通の日本人女性である。その彼女が壮大な規模で展開する日中関係の歴史に中に生きることになった軌跡をドラマでどのように表現するのかという興味で番組を見た。
「遥かなる絆」には3人の主役がいる。父親役城戸幹(孫玉福)、娘の城戸久枝、そして孫玉福の養母付淑琴だ。時代もミニ大河ドラマとでもいうべき構成で、終戦直後から文化革命にいたる中国、久枝が中国に留学し父の軌跡に触れる1997年前後、そして現在と三つに分かれる。原作は時系列での記述だが、ドラマではこの三つの時を交錯させ、綾織りのように組み合わせた。岡崎栄の演出だからこそ、日中の60年の歴史を俯瞰して感動を紡ぎあげたのだと思う。
 中国部分はドラマの起きた現地牡丹江近くの頭道河子の村などで撮影された。凍結している過去の中国の雰囲気がよく再現されていた。玉福を引き取って歴史を生き抜いた養母付淑琴を演じた中国の女優岳秀清の演技が印象的だった。時に悲しみの誇張があったが、大女優の風格があり、みごとであった。また孫玉福の幼児、少年、青年を中国の二人の子役と青年俳優が演じているが、顔も仕草も似ていてうまくつながり、特に青年孫玉福役グレゴリー・ウォンは熱演だった。
 残留孤児二世ではあるとはいえ、その苦難を全く体験せずに普通の日本の女の子として育った城戸久枝が父の足跡を訪ねるうち次第に中国に引き寄せられる様子を、鈴木杏がさりげない演技で好演した。なれない中国語という設定もぴたり。
 欲を言えば最終回。少年の幻影が出現、牡丹江を見つめての父の感傷的なセリフがあり、ジワリと盛り上がるはずの感動をそらしたきらいがある。もう少しさらりと終われなかったか。

「遙かなる絆」 2009年4月18日から5月23日放送、NHK総合
 原作 城戸久枝、脚本 吉田紀子 演出 岡崎栄、石塚嘉
 出演 鈴木杏、グレゴリー・ウォン、岳秀清、加藤健一
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書評、紙とネットが分離するメディアの今後を占う  

 書評、紙とネットが分離するメディアの今後を占う
 No.35 2009.7.25

 これは2009年7月25日「ジャーナリスト616号」(日本ジャーナリスト会議)に掲載された。

 アメリカで伝統ある地方紙の廃刊が相次いでいる。何が起きているのか、ジャーナリズムはどこへ向かうのか、私も気になってニュースをフォローしているさなか、7月7日「新聞の消えた日」というテレビドキュメンタリーが放送された。今年2月惜しまれた発行を止めた「ロッキーマウンテン・ニュース」紙の記者たちに密着したレポートだが、「新聞がなくなれば誰が権力を監視するのか」という記者の言葉が耳に残った。
 本書はこうしたアメリカの状況を踏まえながら、個人発のメディア「ブログ」が力を持ってきていることを克明にルポした。
7-80万人のビジターがいる「デイリーコス」。9.11の時、少数者の意見をと始めたが、全米ブロガーのコンベンションを主催、有力政治家も参加するメジャーな存在になった。司法長官解任に至ったブログ調査報道が賞に輝いたこともある。またNPOの形態で地域を根城にするブログも輩出している。いずれも一般市民の寄せる情報との連動がカギだ。アメリカ国内で発信するブログ「博訊」が中国の言論に風穴を開けつつあるのも興味ぶかい。
 ブログ情報には不確かさがまとわりつく。それを克服するため、リンクの倫理、透明性の倫理、訂正の倫理が紹介されているのが印象に残った。
 第三章にアメリカの新聞の現状が報告されている。ニューヨークタイムスなどの有力誌も、ウェッブページを強化して新しい方向を模索している。紙とネットに分離するジャーナリズムは今後どうなるか、全貌をつかむ取材を丹念に積み重ねた好著だ。
 隅井孝雄

 「米国発ブログ革命」(池尾伸一著、集英社新書)

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2010年03月17日

コミュニティーFM放送の現在

現代社会とメディア、ジャーナリズムの現場から( 第7回)
コミュニティーFM放送の現在 
隅井孝雄(京都コミュニティー放送副理事長)
 No.34

これは2009年6月4日京都大学文学科研究科の共通科目「現代メディア、ジャーナリズムの現場から」の大7回講義としてで行われた講演の要旨を再録したものである。


1. 今NHKのテレビ小説「つばさ」でコミュニティーFMが主な舞台となっている。映画館がなくなり、その建物がそのままコミュニティー放送のスタジオになった。江戸の面影が残る川越が舞台だ。老舗のお菓子屋の娘つばさ(多部未華子)はふとしたことから新しく開局するコミュニティー放送「ラジオポテト」に出会い、そのオーナー真瀬(宅間孝行)やアパートになった元映画館の住人たちとコミュニティーにとどけとレポーター役で活躍する。コミュニティーラジオは1992年に生まれた。1995年阪神淡路大震災の時、神戸で電波を出したFMわぃわぃが大活躍して存在を知られるようになった。出力20ワットのいう小さなラジオだが情報空白地帯だった市町村単位に電波を出しており、現在全国の225局ある。多くの局が株式会社形式の商業放送だが、中には地方自治体と密接に関係を保つ第三セクターとして放送している局もある。その後2003年京都の中心部でNPO(非営利法人)が運営する「京都コミュニティー放送」が免許を取得したことから、その後NPOの形態で新設される局が相次ぎ、現在14局になった。市町村合併が進んだ結果、コミュニティーが拡大していることから、コミュニティーラジオの存在意義が改めて見直されている。

2. コミュニティー放送はエリアが小さいこと、放送出力が20ワットに制限されていることなどから、経営上困難を抱えているところが多い。しかし非営利法人(NPO)では多くのボランティアが放送に参加し、市民や商店主が分担することによって経費を賄っている。地域メディアとしてのコミュニティー放送は大きな社会的意義を持っている。新聞、NHK、民放など日本のメディアは全国メディアが都府県あるいは東北、近畿などの広域圏が対象になっており、市町村単位の情報手段はコミュニティー放送以外にはない。日本独特の事情だ。コミュニティー放送という存在は強い公共性に裏打ちされているといえるだろう。

3. 京都コミュニティー放送(京都三条ラジオカフェ)は2003年3月、周波数免許の交付を受けて放送が始まった。資金を10万円出資したおよそ100人の市民が会員としてラジオ放送局を支えている。会員からあらばれた理事が、運営の要となり、理事長のほか財政担当、番組編成担当、会員担当などが総会で選出されているが、会社組織と違って他に職業を持つボランティアだ。職員は放送局長、番組担当部長、チーブエンジニアの3人のみ。ミキサー、アナウンサーなどはすべて若者のボランティアが担当している。番組は市民グループ、個人、商店などが3分間1500円という格安の放送料で自由に制作している。毎週15分番組を放送すると一カ月26,000円かかる。市民がつくる番組は月におよそ120本ある。文字通り市民による市民のための放送局だ。「難民ナウ」、「京ことばニュース」、「京野菜、果物情報」、「環境ニュース」、「エコまちライフ」など多彩な番組が並ぶ。演奏を聴かせる番組も多い。立命館大学、龍谷大学、京産大、精華大、京都女子大など学生が制作する番組もあるが中にはゼミと連動して制作すると単位になるものもある。

4. 日本のラジオは1925年、大正15年、NHK東京放送局が最初に電波を出した。第二次大戦後1945年、占領軍は放送を民主主義普及の手段にするとともに、アメリカの番組アイディアを反映した番組の制作を指導した。またNHKに加えて広告を財源とする民間放送が新しくスタートすることになった。言論の多様化やバランスを保証するためだった。ラジオは50年代から60年代にかけて娯楽番組、音楽番組が熱狂的に受け入れられ、また報道番組でも強い社会的影響力を持つにいたった。当時はラジオこそはリーディングメディアだったのだ。またセイヤング、オールナイトニッポン、パックインミュージックなどの「深夜パーソナリティー番組」が若者の間で人気を得た。FM放送は1970年から始まった。当初は音楽中心だったが、ジェットストリームなどの大ヒットを経て、やがてパーソナリティーによるワイド番組が主流になった。

5. アメリカではラジオ局の数が多い。ニューヨーク市とその近郊ではでは40以上のラジオ局が林立している。放送の種類も様々で、音楽はジャンル別、トーク専門、ニュース専門、自治体、大学、スペイン語など様々だ。全米にラジオ局は13,700局ある。放送エリアはほとんど市が単位になっている。日本にはラジオ局は101局しかない。日本にはないジャンルとして目につくのはカレッジラジオ。全米に200局ある。学生によって自主運営されているが一般放送と肩を並べ、カレッジラジオのベストヒットなどの番組はいち早く新曲を取り上げ流行を作り出すので、音楽業界も注目している。イギリスも大学ラジオが盛んだが、それ以外に病院ラジオも活発だ。日本にはない考え方だが、取り入れる必要があるだろう。

6. コミュニティー放送を活発にするには、出力を高めて聞き取りやすくする必要がある。また何らかの公共財源を投入すべきだろう。大学にもコミュニティーラジオの免許を与えればラジオはもっと活性化する。日本ではラジオそのものがマイナーなメディアとみられているがアメリカ、カナダ、フランス、イタリー、イギリスはもとよりアジア各地、アフリカ、中南米でも盛んに人々に聞かれている。日本のラジオ局は若者を対象にしたキャンペーを始めている。ラジオの復権が望まれる。その鍵の一つはインターネットだ。一般のラジオが著作権が絡んで、音楽を流せないのに比べ、コミュニティーラジオはある程度自由に音楽を含む番組を流すことができるようになった。電波による放送を基盤にしながら、インターネットを活用すれば新しい層、若者を引き付けることが出来る。未来は有望なメディアだ。

7. 市民メディアが活発になった。昨年7月の北海道サミットでは市民メディアセンターが開かれ、国内と海外に向けてインターネットや衛星を利用したニュース送信した。文字はもちろんだが、ビデオ映像、ラジオ放送もあり、特にラジオではドイツ、メキシコ、セネガルなど世界コミュニティー放送連盟傘下の局に向け国際放送まで行った。コミュニティーラジオは市民の手で地域情報を送り届けるという意味で市民メディアの重要な一部である。

8.2007年韓国でアメリカ産牛肉の自由化に反対する抗議行動が大きなうねりとなって社会をゆりうごかした。この運動はデモや集会の真ん中でパソコンに接続したビデオカメラやカメラ付きパソコンを掲げる若者の姿があり、彼らの映像やレポートが世論を動かしたのだ。市民がニュースの発信者になった。韓国はブロードバンドが90%の家庭に普及している。ポータルサイトのafreecaは自作の映像や、ゲームなどを発信していたが、最近社会問題を取り上げた映像を発信することが増えた。一か月の150万のアクセスがある。これらの市民による情報ポータルサイト船体の広告収入はすでに新聞、雑誌を追い抜き、テレビに迫っている。市民メディアを専門に取り上げるサイトもある。不当に解雇された教師の密着取材、再開発地域で立ち退きを迫られた市民も登場する。徹底的に少数派を代弁する存在になっている。
 
9.ラジオやテレビで全米に放送しているニュース番組「Democracy Now」も徹底して市民の側に立つ。独立メディアとしてもっとも有名だ。司会のジャーナリスト、エイミー・グッドマンは以前からラジオでニュースを放送していたが、9.11をきっかけにテレビ放送を始め、戦争に向かうブッシュ政権の姿勢を鋭く批判した。雪崩を打ったように報復と戦争に傾く世論の中で反戦を主張する少数派の声を代弁したのだった。
 今この番組は現在268のテレビ局と、320のラジオ局で放送されている。それに止まらず全世界に発信を広げている。日本でもインターネットで視聴できる。
 独立メディアは発展した背後には取材、制作が技術発展で簡便になったこと、世界がインターネットで結び付いたことがある。衛星中継でなくてもインターネットで世界のどこからも映像レポートが送られてくる。「Democracy Now」は個人の寄付とボランティアで運営を支え、大企業とに依存関係を経った。
 市民はブログという情報発信手段も手にした。メディアはインターネットと融合しながら新しい時代の到来を待ちかねている。日本のコミュニティーラジオもインターネットによるウェッブ放送との連動が始まり、新しい展開に受かって進もうとしている。



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2010年03月07日

市民による情報発信の成果、書評 市民メディアの挑戦(松本恭幸著、リベルタ出版)

市民による情報発信の成果
書評 市民メディアの挑戦(松本恭幸著、リベルタ出版) 隅井孝雄
No. 32, 4/25/09

これは2009年4月25日 「ジャーナリスト613 号」(日本ジャーナリスト会議)に掲載された。 
      
 昨年7月の北海道G8サミット。ここでは市民グループの手により札幌市内三か所に市民メディアセンターが開設され、国内外に向けてのインターネット配信、衛星を利用しての映像やラジオ放送の全世界への発信を行った。特にコミュニティー放送の分野ではドイツ、メキシコ、セニガルなどAMARC(世界コミュニティー放送連盟)参加局が多数参加したことも注目される。
 本書ではここまで大きく発展しつつある日本における市民メディアの歩みをたどり、克明な取材で実態を明らかにした。パソコン通信、ビデオジャーナリストなど前史にわたる部分の後、コミュニティーFMなど市民参加のラジオ・テレビ放送、市民映像祭、上映会、インターネット新聞など充実した現状ルポが続く。そして市民メディアが担う役割、メディア教育などについて分析し、巻末では地方自治への市民参加、ジャーナリズムへの市民参加など興味深い提言が行われ、市民メディアのネットワークの拡大と、担い手のすそ野拡大が必要だと説いて締めくくられる。
 本書では市民メディアという概念を、電波、ケーブル、インターネットなどの情報ルートの中に確保された市民のパブリックな言論空間の実現、既存メディア空間へのアクセス、市民による情報コミュニティーの形成など動的にとらえている。最近社会的発言を増したブログへの言及がないのが私としてはやや不満である。
 メディア発信を試みる市民、そしてメディアのあり方を模索するジャーナリストの一読をすすめたい。


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2010年03月04日

テレビ番組批評「お買いもの」

 テレビ番組批評「お買いもの」 NHK 2009年2月14日 21:00 隅井孝雄
 No. 31 5/6/09

 これは「Galac]2009年5月号(放送批評懇談会)ギャラクシー賞テレビ部門月間賞の作品評として掲載された。

 銀座のカメラ店の店主と店員の会話が年寄りの旅の結末を暗示、絶妙なプロローグである。芝居ならこれがいわば幕前で、カーテンが上がると田舎の茶の間の老夫婦。久米明と、渡辺美佐子が演じる夫婦の会話が絶妙だ。特に久米の老人特有の言葉使いがリアルに響く。シンプルなカメラワークが会津の田舎の風景をきわめて現実的なものとして描き出してくれる。そして効果的に挿入されるチェロとピアノのこれもシンプルな音楽が久米明の足取りをゆったり伝える。
 カメラ屋のDMが老人の心を揺さぶった。かくして赤いジャンパー姿の久米は渡辺を伴っていざ渋谷へ。だんだんしっかりしていく久米の変化がセリフまわしにうまく出ている。電車のなかでの切符騒動、初めて見るケータイ改札、スタバでのコーヒー選び、孫のアパートでのラザニアなど、一つ一つのエピソードがそれなりにディーテイルを伴って現代社会の断面になっているようだ。
 矯めつ眇めつ、迷いに迷って手にしたカメラを持って再び渋谷の街へ。迎えにきた孫娘とその彼氏との会話も、もまた極めて自然体で進行する。
 時代遅れだがかつては高級だったフィルムカメラと、人生の思い出の波長がうまくシンクロしている。幕切れの縁側のシーンが全体の流れから見ると説明的だったのが気にかかる。
 最近ゆったり進行するドラマ、セリフ、映像を丁寧に積み重ねるドラマが増えたような気がする。テレビのごく初期に舞台劇の延長のような読み切りドラマが繁栄したが、50年、60年のサイクルでそれがまた戻ってくる気配がある。NHKがその先鞭をつけているようだが、民放でも地方局の周年ドラマなどに時折その手の作品を見かける。
 脚本の前田司郎は初めて聞く名だが筆は確かだ。聞けば演劇の経験が豊富で岸田国士賞も得ているという。彼のような新鮮な才能を持つ練達の脚本家がテレビの世界で活躍してくれることは嬉しい。中島由貴の演出も会話やカメラワークにドラマとしての気配りが行き届いていた。
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2009年03月13日

米オバマ新政権、アナログテレビ停止を延期か?       2011年地デジ完全移行、日本も計画練り直しを

 ジャーナリストとの視点
 米オバマ新政権、アナログテレビ停止を延期か?
      2011年地デジ完全移行、日本も計画練り直しを

 これは2009年1月25日の「ジャーナリスト」610号(日本ジャーナリスト会議)に掲載されたものである。
    
 アメリカ、オバマ新政権が来月に迫ったデジタル放送への全面切り替えに待ったをかけ、アナログ放送を延長するよう議会に要請した。
 アメリカのテレビは2009年2月17日をもってアナログ放送を中止し、デジタルテレビに全面的に移行することになっているが、政権移行チームの共同議長ジョン・ポデスタ氏が「アナログ終了に伴う消費者へのサポートが不十分だ」として、1月9日、上下両院の通商委員会に対し延期を要請する手紙を送ったのである。
 アメリカのテレビ世帯は1億1400万世帯だが、調査会社ニールセンによるとその6.8%、77万5千世帯が依然としてデジタルテレビを持っていないためアナログ休止でブラックアウト画面になる。さらに10%、1000万世帯は一台だけデジタルを入れたが、二台目、三台目テレビなどはアナログのままという状態が続いている。
 最も問題になっているのは、ケーブルにも衛星にもつながずに地上波電波だけでテレビを見ている低所得家庭、高齢者家庭、そして過疎地帯の家庭だ。政府はこうした家庭がデジタルコンバーターを購入できるよう、40ドルのクーポン券を配布していた。コンバーターの価格はおよそ50ドルから80ドル。必ずしもデジタル機能を発揮できるというわけではないのだが、ともかくも従来のテレビにつなげば絵が出る。15億4000万j(およそ1500億円)を用意したのだが、経済失速の影響もあって申請が殺到し、予算は底をついた。110万人がとり残され、その数は日を追って増える一方である。
 NBCやABCなどのテレビネットワークも延期には反対しないということなので、アナログ、デジタル同時放送が一定期間続きそうだ。
 日本はどうか。全面移行は2年半後の2011年7月だとは言うものの難問が山積している。デジタル受像機への買い替えはこのところの不況でがっくりと落ちた。普及は50%にとどまったままだ。1500万世帯以上あるとみられる共聴アンテナに頼る山間辺地や都市集合住宅はそのほぼ30%、500万世帯がデジタル共聴への移行が難しく、一挙にデジタル難民になる。
 衛星放送の空き周波数を使ってカバーする計画もあるが、それだと地元のローカルチャンネルは入らない。政府は生活保護世帯およそ200万世帯にチューナーを無料配布するというが、生活保護を受けられない貧困世帯はその4倍以上850万世帯という数字がある。
 生活のライフラインとして機能しているテレビ視聴がある日突然断たれるということは、社会の大問題といわざるを得ない。デジタル化は必要と思うが、テレビが見られないという事態を放置していいということではない。政府、NHK,民放は改めて真剣に計画を練り直しが当然だ。
それにしても、アメリカでの議会へ向けたポデスタ書簡は、誕生目前のオバマ新政権が、庶民の生活に目線を注いでいるあかしだと私は受け止めている。
 日本で庶民目線の政治に転換する日はいつ来るのだろうか。


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2009年03月11日

コミュニティーFMの地域力、  京都三条ラジオカフェの経験から、その現状と課題を考える

 コミュニティーFMの地域力、
 京都三条ラジオカフェの経験から、その現状と課題を考える
 隅井孝雄
 京都ノートルダム女子大学客員教授
 NPO京都コミュニティー放送副理事長

以下は2008年12月25日発行の月刊誌「AURA」192号(フジテレビ調査部発行)に掲載されたものである。

 はじめに
 奄美大島に「ディウエイブ」というコミュニティー・ラジオがある。アシビという島でただひとつのライブハウスの一角にそのラジオ局はある。運営している青年、麓健吾さんは、東京に出ていたが、奄美の島唄が多くの歌手に注目されているのに島の青年が奄美に伝わる歌をほとんど知らないという現実に危機感を持って島に帰った。そしてライブハウスを運営する傍ら非営利のコミュニティー・ラジオをはじめた。
 今年9月京都で開かれた全国市民メディア交流集会に麓さんも参加し、コミュニティーメディアに寄せる思いを語った。この集会には非営利放送を研究しているグループ(龍谷大学松浦聡子先生が主宰している)の呼びかけが実って、全国に点在するNPOコミュニティー・ラジオ8局の代表者など80人ほどが参加した。そしてコミュニティー・ラジオの現状、未来を熱く語った。このように非営利のラジオが一堂に会したのははじめてのことである。それだけではない、携帯カメラとコンピューターを駆使して、フランスやドイツの非営利放送などとも中継映像をはさんだ国際討論までおこなわれるほどの熱の入りようだった。
 多くのコミュニティー・ラジオの運営は楽ではない、しかしこの集会に参加した麓さんは「運営は厳しいが地元への愛があれば乗り切れる」と発言した。それはコミュニティー・ラジオに携わる人々すべての偽りのない心境を吐露したものだったといえよう。

 コミュニティー・ラジオは公共のメディア広場
 コミュニティー・ラジオは 1992年周波数割り当ての規制緩和の一環として制度化された。戦前からあった電話回線によるラジオ共聴制度を受け継ぐものだといわれているが、文化的背景としては1970年代に活発だった自由ラジオの系譜も引いていると考えられる。現在日本全国で221局が電波を出している。
 1998年に年間32局が開局し110局となったのをピークに低迷期に入るが、2003年非営利活動法人(NPO)という運営形態をとる「京都コミュニティー放送」(FM79.7京都三条ラジオカフェ)に放送免許が交付されたことが一つのきっかけとなり、再び増勢に転じた。2005年以降開局数で二桁が続いている。この背景には町村合併が進行して地域情報に対する需要が増大していることもあるものとみられる。
 従来はコミュニティー・ラジオに対して商業放送の形態での周波数免許しか与えられなかったが、もともと地域へ向けた情報発信が主体のコミュニティー放送である。「奈良ドットFM」や神戸の「FMわぃわぃ」などはいずれも商業局の形をとっているが、姉妹関係に当たるNPOが番組制作を行うなどの連携で放送している。また自治体や、第三セクターが出資し、あるいは運営にかかわっているコミュニティーFMも数多く存在している。そして「京都コミュニティー放送」以降、現在までNPOとして免許を受ける局も数多く出現し、21局に達した。
 私は非営利局以外の商業局でも、コミュニティーFMは全体として限りなく非営利に近い公共性を持っていると考えている。地域住民の公共のメディア広場とでもいえるだろうか。

 6分番組「難民ナウ」が大きく広がった
「京都三条ラジオカフェ」に「難民ナウ」という6分の番組がある。毎週土曜日午後7時の生放送だ。番組を制作し、出演するのは宗田勝也さん。建築関係の業界紙に勤めている彼がポケットマネーの中から放送料として月1万円出している。
 彼はふとしたきっかけで難民問題に関心を持つようになり、元国連難民高等弁務官、緒方貞子さんの話に触発された。企画をせっせと書いて関西のラジオやテレビに持って行ったが、採用はされなかった。たまたま京都精華大学と京都三条ラジオカフェとのジョイントで開かれているラジオ制作講座を受講、ラジオカフェなら自分で番組が作れる、と「難民ナウ」を始めたのが2004年だった。
 最初は東京の国連のオフィスに電話して、難民問題に詳しい人を捕まえては電話で話を聞く、という繰り返しだった。ところが、難民問題を取り扱う日本でただ一つの番組だということが注目され、難民関係者、国連の関係者が関西に来るたびにスタジオに立ち寄るようになった。重要なニュースも国連から送ってくる。
 インターネットのポッドキャスティングでもこの番組を流しているためアフリカや世界各地で難民問題に取り組んでいる日本人ボランティアの間で、今やこの番組を知らない人はいない。宗田さん自身も同志社大学や京都大学で定期的に難民問題についてのシンポジウムや特別講義に出席を求められるようになった。難民関係者が京都に来たときは講演会を企画する。この活動を街の人々に広めたいとボランティアを「難民ナウ」の番組やインターネットで募集したら若者20人ほどが協力を申し出て、取り組みの輪は大きく広がった。
 そうした活動の積み重ねが実って今年11月26日、宗田さんたちは京都の中心部寺町から烏丸通りにかけて三条通り沿いで「京都三条通りジャック2008」というイベントを開いた。街行く市民に難民問題を訴えかける行動に乗り出したのだ。

 街づくりとのタイアップ
この界隈には住民や商店の人々が集まる「京の三条まちづくり協議会」という組織がある。そこが全面的に協力してくれることなったので地域ぐるみの運動になった。
 新風館イベント広場で開いた難民トークには大学で学ぶベトナムやミャンマーの難民も参加した。難民クッキングという料理教室も開かれた。通り沿いの14店舗がスタンプラリーに参加、当選者への景品も提供してくれた。楽器店「JEUGIA(十字屋)三条本店」や新風館のイベントホールでは、オーストラリアやニューカレドニアの民俗楽器による音楽演奏がある。烏丸通りの「大垣書店」には難民問題の本が取り揃えられ、棚の一角を占領した。
 「三条通りは昔から人と人のふれ合いを大切にしてきたところです。それが最近の通りのにぎわいに反映しています。だから町の人は難民とのふれ合い、世界の人との分け隔てないふれ合いをきっと大切にしてくれるでしょう」と言って三条街づくり協議会の事務局長、中野繁人さんは応援を決めてくれた。
 「こういうことができるのももとはと言えば6分間のラジオ放送があったからです」と宗田さんは言う。ちなみに「京の三条街づくり協議会」の会長で三条通りに古くからある有本商会の社長さん有本嘉兵衛さんは「NPO京都コミュニティー放送」の理事長でもある。
 
 地域の中へ、市民のなかへ
 正しい京言葉を広めようというグループ「京ことば研究会」のメンバーが交代で出演するニュース番組「京ことばニュース」、激動する世界経済も、日本の政治もみんな京ことばで語られる。錦市場などで売っている旬の野菜や果物の産地情報、入荷情報、料理法などを伝える「京野菜果物情報」も人気だ。京都の人の郷愁をそそる番組「校歌の時間」がある。京都の中心部では百数十年の歴史を持つ小学校が次々に廃校になった。しかし昔からの学区が今も生きているため、人々は校舎をそのままの姿で残している。存続している学校では在校生に出演してもらうが、廃校になった小学校も、卒業生、同窓生を集めて歌ってもらい、ついでに思い出に花が咲き、京都のまちなかの歴史のあゆみが懐かしさとともに語り合われる。木曜日の「目のオク」という番組では毎月最後の週に野宿生活を続けているH S さん(55歳)が登場、路上から見た京都を語って評判になっている。また京都府国際交流協会に登録する13カ国20人の外国人が交代で協力する15分番組「エフエムマイド」はそれぞれの母国に情報を交流しあう番組だが、災害などの緊急時には情報発信のステーションに変身する。
 2008年11月現在京都三条ラジオカフェでは113本の番組が放送されている。専任スタッフは3人であるためいわゆる局制作の番組は週3回のニュース、情報ワイド「ハローラジオカフェ」、「番組審議会だより」、それに定時ニュースなど13本に止まる。それ以外のすべての番組100本は市民が制作し、市民が出演する番組であり、こうした番組の放送料は市民が出す。制作に携わる人々の数は正確には把握できないが週間500人は超えているに違いない。発想は自由闊達、思いもかけない新鮮で独創的な番組が並ぶさまは壮観であるとしか言いようがんない。そしてすべてが地域の市民による、京都中心部(中京区、下京区、東山区)という地域への発信であることは言うまでもない。
 「京都三条ラジオカフェ」は文字通りの市民ラジオだと言っていいだろう。設立から現在までの足取り、あるいは番組表を埋める色とりどりの内容などを仔細に見ると、主体としての市民はいくつかに分けて考えることができる。第一は京都で大きな力を持つ非営利活動法人、NPO。第二は京都中心部に基礎を持ついわゆる「京町衆」とも言うべき市民、現代流にいえば商店主、中小企業家である。第三の存在としてメディアでの発信を求める一般市民の多くは、単なる居住者ではなく、文化的バックグラウンドがあり京都文化の体現者とでも言うべき人々だ。彼らはラジオに表現の場を強く求めている。これと重なるが大学のまち京都にあっての学者、研究者、さらに行動の主体となることが多い学生である。

 京都のNPOがうしろだて
 非営利活動促進法は時代の風を受けて1998年に制定された。環境保護運動などNPO活動の先進地区といわれる京都では同じ年京都NPOセンターを発足させた。京都市内のNPO認証団体は591を数え、人口比では東京、大阪を超える。そのNPOセンターが1999年に早くもコミュニティーFMの開設を目指すプロジェクトを立ち上げたことが、NPOによるコミュニティー放送実現のきっかけになったと思う。このときはまだ行政当局にはNPOが放送免許の主体となるという認識はなかったに違いないが、時代を先取りするNPOが行政の背を押すきっかけになったのではないかと私は想像する。
 実際に「京都コミュニティー放送」(京都三条ラジオカフェ)がNPOによる免許の申請を出したのは2001年だが、この年奇しくも放送認可の業務は郵政省から総務省に移管された。中央省庁再編の一環である。郵政省時代はNPOによる放送免許の申請は一顧だにされなかったが、新たに放送行政を担うことになった総務省近畿総合通信局の担当官は、NPO法人による放送局免許は選択肢の一つだと発言、2003年「京都コミュニティー放送」(FM79.7京都三条ラジオカフェ)に免許が下りた。
 考えてみれば総務省は地域行政の活性化、非営利団体による活動の推進を図ることを業務としていたから、当然の帰結であったのかもしれない。
 京都NPOセンターはただちにコミュニティー・ラジオの支援の方針を打ち出すとともに「Happy NPO」という30分番組をスタートさせた。このようなNPOセンターのイニシアティブがあったため、環境系番組や地域活性化型、地域支援型の番組が、NPO団体や、NPO系の個人の活動家によって数多く放送されているようになったのだと私は思う。
 「エコロジーニュース」、「環境市民のエコまちライフ」、「気候ネットワーク」、「NPOインホープ」(不登校児童支援)、「地域力再生コミネット」、「Do You Kyoto?」、「街づくりチョビット推進室」、「木と暮らす」、「ウオーキングカフェ/街中一口メモ」、「きょうと・ひと・まち・であいもん」、「京都寺子屋―Bunka塾」、「京都町衆じゅずつなぎ」などなどである。
 こうした番組の積み重ねの中で毎週500人から1000人という数の人々が番組を作り、番組に出演し、そして京都の街なかで人と人のネットワークを増殖させているのだ。

 大学の街京都だからこそ
 京都市のもう一つの特徴は大学と大学生の数が多いことだろう。市内におよそ30の大学があり、学生数はおよそ13万人。人口の10%を占める。「京都三条ラジオカフェ」のボランティアスタッフ(ミキサー、ニュースアナ、ディレクターなど)およそ40人のほとんどが学生であり、彼らを抜きにして放送は成り立たない。「ぼららじ」(立命館大学)、「ラジオタックル」(龍谷大学)、「やった、学んだ、これからだ」(京都産業大学)、「パジャマdeレィディオ」(帝塚山大学)など7つの大学の学生たちのレギュラー番組があり、それ以外に大阪外語大、立命館大学でゼミとして先生が番組枠を持つケースもある。
 精華大学では局とのタイアップでラジオ番組制作講座を年間通して開催、講師は京都三条ラジオカフェから派遣しているため、終了した後ボランティアとして局にやってくる学生も多い。こうした状況を目にしながら、私はいつの日か京都で新しいスタイルの大学ラジオ局が出来れば素晴らしい展開になると考えている。

 インターネットも視野に
 前述したように2003年非営利ラジオ局の登場以降、コミュニティー・ラジオには新しい風が吹いている。その一つが、コミュニティー・ラジオのインターネットネット進出の可能性が開けてきたという新しい要素だ。 
 現在でも「京都三条ラジオカフェ」ではいくつかの個別トーク番組をブログ形式でインターネットに上げているが、音楽を使う番組は著作権の関係があってインターネットにはのせられない。アメリカのインターネットサイトLive 365を経由して番組を聴くことができるが、これは同時聴取が5人限定という厳しい制限がある。
 コミュニティー放送の場合、出力が小さいことが隘路となって聴取困難な地域が常に存在する。また高層ビルのビル陰、ビル中も難聴が発生している。その上市町村のエリアが広がったため同じ市内でも電波が届かないという問題も起きている。
 こうした状況の中で2008年5月、地上のコミュニティー・ラジオを補完するという意味で「コミュニティー・サイマル・ラジオ・アライアンス」という組織が旗揚げ、音楽著作権協会など権利者団体との協議が整い、湘南ビーチFMなど19局がインターネット放送を開始した。日本では一般のAM,FMラジオのストリーミングは実現困難であることから、コミュニティー・ラジオにとっての大きなアドバンテイジになることが予想される。「京都三条ラジオカフェ」はまだこのアライアンスに参加していないが、準備が整えばインターネットのストリーミングを開始したいとの意向を示している。京都ブランドの全国発信の道が開かれるわけだ。

 出力が小さすぎる
 それにしても、20ワットという小出力に限定されていることは、コミュニティー・ラジオの発展にとって大きな障害となっている。たとえば「FM京都(αステーション)」は京都市及びその近郊50-60キロのエリアの送信に対して出力3キロワットが確保されている。それに比べて「京都三条ラジオカフェ」は中京区、下京区を中心にした10キロメートルほどの範囲に電波が届くというものの、弱い出力のため中心部もビルの林立するところでは聞き取りにくいところが生じる。あるいは大阪の局ではあるが周波数が近接しているFM802 にかぶってしまうという現象もある。20ワットでは新たに合併して広域化した市町村の場合、エリアをカバーできないということも起きる。
 ビル陰難聴の解消を図り、市町村広域化に対処し、実質的な地域メディアとしての効果を発揮するためには、20ワット上限を、100ワットぐらいにする出力増を行政に働きかけ、実現する必要があるだろう。
 
 えっ!、デジタル・コミュニティー・ラジオが?
 行政上のことでいえば、コミュニティー・ラジオにとって新しい問題も浮上している。それは総務省が、テレビデジタル化後の空き周波数の活用の一環として、半径10キロメートルをサービスエリアとするデジタル新型コミュニティー放送をケイタイ端末に向けに新設しようとしている点である。
 アナログ波のコミュニティーFMはすでに16年の歴史を持つ。このメディアの新しい発展形態を考えることなしに、マルチメディア向けのデジタルラジオを発足させることにははたして整合性があるのだろうか。デジタル波と携帯によるコミュニティー放送の計画を推進する前に、現在のコミュニティーFMについてその存在意義を再確認し、さらに定着、活用を図る政策立案が必要だと私は思う。
 総務省ではさらに、現在の放送、通信、電話等に係る法体系を再整理して新しい「情報通信法」を策定する準備を進めている。これについてはメディアの持つ公共性を重視し、国民の側のコミュニケーション権を確立するという前提が必要だという動きも起きている。( Comrightsというインターネット上のグループの活動を参照されたい)。
 地域住民と密着したところで放送を続けてきたコミュニティー放送の動きを極めて公共性の高いものととらえる必要があると思う。コミュニティー放送が事実上地域社会の市民の情報権を保障している唯一の存在だからだ。
 ヨーロッパでは非営利コミュニティー放送に対してその公共性ゆえに、さまざまな形での財政支援が行われている。ドイツやフランスでは受信料の一部、あるいは民放やケーブルチャンネルの広告収入の一部がコミュニティー放送の財源に使われるという制度が定着している。
 日本の場合多くのコミュニティー・ラジオが十分な財源を持たず苦労しながら、あるいは身銭を切りながら支えているという状況が続いている。コミュニティー・ラジオが持つ地域社会の情報回路としての公共性に着目した場合の財源について、制度としての何らかの措置を講じる方法が検討されてしかるべきだろう。

 大学ラジオ、病院ラジオはできないか
 前述したように「京都三条ラジオカフェ」では大学生の参加が活発だ、またこの局の市民レポーターの一人鎌田智宏さんという看護師がいる。彼は病院ラジオを開設したいという志をもって参加、「FM看護系ナイト」という番組を放送している。
 そこで私の提案だが、コミュニティー・ラジオのコンセプトを広げ、大学ラジオ、病院ラジオを作ることを考えたい。大学も、病院も人々が集まり、集団で生活しているという意味で、地域を面とするコミュニティーとは別の、社会的コミュニティーと考えることができないだろうか。
 大学ラジオ、病院ラジオは外国に先例がある。
最も歴史のあるアメリカは1960年FM放送開始と同時にキャンパスラジオ免許が交付されている。現在全米に500以上のキャンパスラジオがあり、多くが公共放送協会(PBS)に加盟している。キャンパスラジオを対象とするヒットチャートCMJ200は新しいミュージシャンを掘り起こすことに定評があり、音楽業界が最も注目しているという。イギリスは学生ラジオ協会加盟177局、カナダの大学ラジオ局は58局ある。そして全国組織である大学、コミュニティー・ラジオ連合が存在し、一般のコミュニティー・ラジオと大学ラジオは席を並べている。
 病院は患者のラジオ接触率がもともと非常に高い。病院向けの独自のラジオ放送が最も進んでいるイギリスの場合、病院放送協会加盟は228社、一日の放送時間は18,800時間に達している。
 アメリカでも病院組織が運営するラジオがあるが、長期療養型の病院では入院患者が自主的に運営するラジオも見受けられる。
大学ラジオや病院ラジオにこだわるわけではないが、コミュニティーの概念を広げ、日本のコミュニティー・ラジオに新しい発想を持ち込むことが、行政、市民双方にとって必要なのではないかと私は思う。 以上


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2009年03月04日

アメリカが変わる、日本が変わる     米大統領選オバマ候補圧勝の影響を考える

 アメリカが変わる、日本が変わる
    米大統領選オバマ候補圧勝の影響を考える  隅井孝雄

 以下は2008年12月6日コープイン京都で行われた「アメリカと日本を語る会」での講演内容である。

 オバマ大統領、考え抜いたアメリカ市民
 11月5日未明、バラク・オバマが大統領選で圧勝、同時に行われた上下両院の選挙でも民主党が多数を占めた。オバマに投票したアメリカ国民は7日の集計で53%およそ6452万人、マケインは46%、5678万人、投票率は61%を超えた。投票人口は最終的には1億3400万人に達するとみられている。アメリカでは1968年のニクソン1期目が62パーセントだったのを最後に投票率は低迷を続け、一時は52%台まで下ったこともあった。今回60%を超えたことは30年ぶり、有権者の関心が高かったことを示している。特に注目されるのは事前投票者が2350万人、投票総数の3割にも達したことである。
 11月4日夜のオバマ勝利演説は7857万人が視聴した。これは北京オリンピック開会式視聴者の2倍以上である。オバマやマッケーンの党大会の演説などはいずれも人気番組を上回る視聴者数だった。
 CBSが11月16日、当選後に放送したテレビ番組は視聴者2510万人。これはCBSにとって今期のすべての番組を上回る最高視聴率である。
 政治番組、ワイドショー、コメディー番組などが繰り返し大統領選挙を取り上げ、コマーシャルは、両陣営が集めた選挙資金10億ドルのうち3億ドルが投じられ、候補者の主張が展開された。
 またインターネットでは、若者たちがフェイスブックなどのソーシャル・ネットワークで討論の輪を作り、候補者への支持を訴え、集会が開かれるとかれると相互に誘いあった。
 また各候補への支持を訴える動画投稿サイトも活発で、多くの市民が自らの意見を表明する動画を制作、それを多くの市民が目にした。
 アメリカの選挙制度は、選挙運動の自由の幅が広く、だれでもが自由に討論に参加し、支持候補に献金し、ビラを配り、会合を開き、話あう。
 こうした1年半の議論の中で、迷いに迷い、考え抜いた末、アメリカの市民はついに初の黒人大統領、イラクからの撤退を訴える大統領を生み出したのだといえる。

 世界も変化する
 オバマ大統領の誕生はアメリカに変化をもたらすだけではない。世界に変化をもたらす可能性がある。1990年代ソビエトと東欧の社会主義体制の崩壊以来、アメリカは唯一の超大国として世界に君臨したが、8年前に誕生したブッシュ政権は、市場経済の重視、大企業の優遇、金融と取引の自由化などを推進する一方、9.11テロを口実に、国連を無視し、根拠なくイラクに踏みこみ、軍事力と経済力で世界を支配しようとした。
 オバマ新大統領は軍事力優先、大資本優先の政策を改め、あらためてロシア、イラン、を含む世界各国とも話し合い、国連を重視する姿勢を打ち出している。
 もともと世界経済を混乱に陥れている元凶はマネーゲームに走ったアメリカであることを考えれば、オバマの政策は世界各国にとって受け入れやすいものであることは明らかだ。世界の国々がオバマの誕生を歓迎するのは当然だといえよう。
 この8年間、アメリカは世界から嫌われ、他国の主権を蹂躙し、世界に混乱を引き起こす中心的存在だったが、今回の選挙によって、アメリカの市民は、アメリカが民主主義国家であり、民主主義の原則に立って行動することを世界に示した。これが世界の共感を呼んだのであり、新しい期待の持てる世界秩序の再構築につながるのではないかとみられる。
 
 経済政策転換、核廃絶も視野に
 最大の問題点は経済対策だが、企業の活動を最大限自由にして活力を生もうとしたブッシュ政権の新自由主義経済に対し、オバマ政権は野放しの企業活動に制限を加え、大企業や富裕層の課税を増やす一方、中産階級、貧困世帯の減税、福祉に取り組むことになろう。
 株や投機などのマネーゲームではなく実質経済、つまり物を作り、社会的なインフラを建設することで、資本の循環と雇用の拡大をはかり、経済の回復を実現しようとしている。
 イラクからは期限を設けて段階的に撤退するが、テロに対しては断固として立ち向かう姿勢を放棄せず、アフガニスタンのアメリカ軍を増強するとしている。 環境問題では、石油の中東依存を減らして無公害自動車の増産など代替えエネルギーを大胆に増やすことによって雇用も増大させ、経済を活性化する計画だ。ブッシュ政権が進めていたアラスカの地下資源開発や、原発新規建設には歯止めがかかる。
 国際的には、食糧などの自由化よりも国内生産を重視し、国連との関係を改善、また軍事力依存ではなく、イランなどとも対話を行うことを表明している。
 さらに注目されるのは、アメリカの大統領として初めて核廃絶を目指していることだ。
 オバマとアメリカ民主党は、核抑止政策と決別して、核廃絶を目指すことを初めて打ち出した政権となる。すでにペロシ下院議長は2008年8月、広島を訪れてそうして核についての新政策を表明している。
 唯一の被爆国である日本は、核廃絶の国際世論を作り上げる行動に立ちあがる好機が来たことを認識し、核廃絶に向けての国際的な中心勢力としての自覚を持つことが極めて重要であると思う。

 どうなるイラク、アフガニスタンは増強するが
 問題はイラクからの撤退がスムースにいく保証はないという点である。イラクをイラク政府に任せるというのは正論であるにしても、イラク政府は実力が不足している。イラクが再び混乱に陥ることもありうる。
 イラク復興のためには、国際社会の協調は必要不可欠である。それにはロシアやイラン、中東各国の非軍事的な協力も必要である。日本も非軍事的なイラク支援を強める必要があるだろう。
 続投が決まったゲイツ国防長官はブッシュ政権の閣僚ではあるが、もともとはイラクの現状を再検討するための有識者検討委員会のメンバーで、撤退の方向に向かうことを提言した一人である。またヒラリー・クリントン国務長官はイラク開戦に賛成したとはいえ、撤退を視野に入れて、世界各国とも協調して行動するものとみられる。
 しかしオバマはアフガニスタンへ軍事力を増強し、タリバンやアルカイダ、ビンラディンと戦うことを表明している。イギリス軍はタリバンの掃討が成功することに懐疑的であり、一部ではタリバンとの交渉を唱える専門家もいる。アフガニスタンが泥沼に入り込む危険性があり、オバマは果たして和平への道を開けるかどうか全くわからない。おそらくアフガニスタンに関しては日本の軍事的協力を求めるだろう。彼にとって日本の米軍基地はアフガニスタンへの進攻の拠点として重要視する可能性がある。そのとき日本政府はオバマ政権に追従するのか、対等な立場で提言し、性急な行動をいさめる必要があるかもしれない。
 こうした状況の中、11月下旬インドで大きな規模なテロが発生した。パキスタン国内のテログループによるものとみられている。問題は国際協調でテロにどうやって対抗するのかについて、確たる見通しは立っていないことだ。これはアメリカ、オバマ政権だけの問題ではないだろ。
 日本はこれまでと異なった姿勢でアメリカと向かい合い、オバマ政権への非軍事的協力、協調を図り、世界へ向けて提言を行うべきである。
 
 政治混迷の日本だが、
 ところで日本では現在年金など社会保障が混迷の中にある。非正規雇用、差別雇用は日本の伝統的な技能やノウハウの積み重ねを崩壊させた。食糧自給率の低下も著しい。
 しかし日本の市民はバブル崩壊のあと、マネーゲームの危うさを実感し、着実なものづくりの必要性を実感し、安全安心の地域農業振興の必要性を痛感し、地産地消の重要性を認識し、京都議定書に基づく温暖化対策を着実に実践している。
 また武力に頼らない国際貢献を目指す若者の動きも活発だ。今多くの若者や退職者が、世界の貧困地帯、紛争地帯で地道なボランティア活動を行っていることは国際的な注目を集めている。金融機関も危ういハイリターンのデリバラティブ系の金融商品や投資を遠ざけ、堅実志向が主流だ。そのためアメリカから始まった金融崩壊には本来強い抵抗力を保持しているとみられる。
 しかし政治的、経済的にアメリカ依存の構造に組み込まれていることから、日本もまた景気後退の波にのみこまれそうになっている。
 アメリカ経済とは一線を画し、対等で自主的な経済運営、政治展開が今こそ必要だと私は思う。その前提条件として、不安定で国民の支持を得ていない政府が交代し、民意を反映し、地についた経済政策を持ち、アメリカとの対等平等な関係を打ち立てることを目指す政府を樹立する必要がある。
 国連、IMFなど国際機関と提携し、世界をリードする指導力を発揮すべきではないか、また平和主義の原則で国際紛争解決の努力を行い、中東、アフリカ南米、アジア諸国と提携を進めることが望まれる。特に北東アジア諸国、韓国、中国との関係改善は重要だ。
 最近のBBCの調査によれば日本は日本の持つ潜在的力、個人の社会的行動、文化力(ソフトパワー)、あるいは企業活動、開発地域に対する財政的、人的援助、環境保護努力、NGO活動に対する評価などはドイツに並んで高いという。ある意味で世界のロールモデルとして尊敬を集めるようになっているのだ。

 アメリカニュース誌が褒める日本は?
 最近世界110カ国とともにクラスター爆弾禁止条約に日本政府も賛同した。長年禁止のために活躍してきたNGOに抗しきらなかったためであり、運動の成果である。最大の保持勢力アメリカ、中国、ソ連はス参加だが今後は国際世論の前に使用に歯止めが加わるものと思われる。
 2008年12月1日号のニュース週刊誌Time(アジア版)は「日本の国内政治は混迷しているが、海外では日本は尊敬を集め始めている」という特集記事を掲載した。NPOで国際貢献に活躍する日本人が世界の貧困地帯に数多く見られ、重要な経済援助も続いている。60年前の反省から行動は控えめだが、今や世界の安定に欠かせない存在になっている、エコカーの開発などで強力なグリーンパワーとなり、ニンテンドウ、ポケモンなどの文化力でも、アジア、オセニアで人気を博している、と解説している。
 また2008年12月3日号のNewsweek( 日本語版)では「日本企業の逆襲」という特集を掲載した。「バブル期世界経済を支配した気分に陥っていた日本企業は、その失敗を教訓にした」とする同誌は、日本企業がマネーゲームに加わらず、長期的な視野で経営に当たり、いるため、世界的な金融危機の影響が少なく、円高が海外への新たな進出への追い風になっている、と分析している。特に、食品、飲料、薬品などが不振にあえぐ海外企業に対し、M&Aや提携で手を差し伸べ歓迎されている、たとえば食品関連のキリンやカゴメは食と健康というコンセプトをアジア、オセニア各地域で広げていて注目される、などと記述した。

 野党の第三勢力に期待する
 日本の政治が流動化している。極度の不人気に陥っている自民党政権はいずれ瓦解し、当面民主党に政権が交代することが考えられる。しかし、民主党には自民党に近い勢力もあり、たびたび妥協的な行動に落ちかむこともしばしばだ。
 私は政権交代が国民の生活を守り、日本を混迷から救い出すためには、共産党を中心に、社民党などの野党が議席を拡大し、さらに市民派、無党派勢力も結集し、理論的に、政策的に影響力を持つことが必要だと思う。こうした第三勢力が、野党陣営をリードするような体制を確立し、民主党を引きよせるという力学が必要だ。
 今の政治転換を望む多様な政治勢力の下での野党勢力の提携という方向が目指されるべきである。それ抜きに単なる政権交代であれば同じことの繰り返しとなるだろう。
 二大政党の下でのアメリカは共和党から民主党への政権交代であったが、オバマは党派主義を排し、変化するアメリカを実現するため、あえてすぐれた政治指導者を結集する多数派の新たな結集に力を注いでいることは日本にも大いに参考になりうる。




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2009年02月27日

21世紀新映像時代

 21世紀新映像時代、隅井孝雄
 これは2008年11月28日、有馬温泉かんぽの宿で開催された近畿民放OB会における講演の一部である。

 インターネット映像社会
 アメリカのYouTube上に、イラクで戦闘に参加する兵士の画像がひんぱんに投稿される。
 そのサイト「ブラックファイブ」には息を殺すような緊迫感が充満している。今そうした戦場映像はアフガニスタンに移った。いずれも既存メディアが撮影しようにも撮影できないものばかりだ。シカゴ警備会社に勤務するマイケル・バーデンは元兵士、湾岸戦争にも参加した。戦場から来る映像を編集しインターネットにアップする。
 アメリカではYouTubeやiPodの登場によって、目を見張るようなメディアとインターネットの融合が起きている。
 たとえばYouTubeの場合画面には様々な市民からの投稿と並んでテレビ番組のクリップ、あるいは番組そのものも並ぶ。NBCテレビなどネットワークもYouTubeと契約し、活用を図っている。クリックする数百万人、数千万人が存在し、番組本体の視聴に誘導することが可能だからだ。日本のテレビ局が著作権侵害だと恐怖感を抱いて毎日必死に削除要求リストを作成し、その数が一月に1000件、2000件に上る、という状況とは大いに異なる。
 今やインターネット上ではアメリカのテレビニュースや番組がふんだんに見られる。アメリカのテレビが5年も前から積極的に打って出ているからだ。ニュース映像ではテレビ局のサイトとYouTubeのサイトは相補っているとみてもよいだろう。
 私の見たところ、アメリカのテレビメディアはインターネットを取り込むことによってメディアの基幹的存在であるいう地位を保とうとしているようだ。
 アメリカのCBSテレビは最近Digというインターネットニュースサイトと提携した。サンフランシスコにあるDigには300万人の利用者がある。インターネット上の投稿ニュースサイトだが、ニュースのランキングをユーザーが決める。ここではニューヨークタイムスも、個人のブログも同じ価値で扱われるのだという。
 速報性のあるニュースがインターネットをにぎわすことがある。ロンドンの連続テロもDigが最も早く報じた。このような仕組みのサイトと提携することによってCBSはニュースソースを市民に求めることが可能になり、より市民の感覚に近寄ったニュース編成ができると考えている。
 CNNは投稿動画のニュースへの取り込みにきわめて熱心である。ミャンマーからいち早く抗議デモの様子が送られてきた。旅行者がハンディービデオカメラで撮影、インターネット経由で送信したのだ。投稿専門のセクションも作られた。イラクの最前線から映像もある。放送の妥当性や正確性にを保つための最大限の努力が繰り返されている。
 ABCの場合、インターネットを活用したニュースサービスの拡大を他局に先駆けていち早く行っている。インターネットのニュース配信サイトABC News Now。一時間ごとの更新で、夕方のテレビニュースより3時間早いダイジェストもある。ABCのニュースサイトにアクセスすれば、すべてのニュースを見ることができる。
 NBCでもガソリンスタンドやタクシー、スポーツジムにもネット経由のニュースを配信しているが、最近はどこのネットワークでも番組の視聴率はこうしたネットアクセスも含めてカウントするようになった。
 BBCがインターネット経由で流し始めているiPlayerも好評で20万人、30万人のアクセスがある。過去のアーカイブ番組だけではなく、見逃した番組が3日後には見ることができる。
 
 メディア新時代と情報通信法
 21世紀に入って、メディアの世界は大きく変化している。デジタル化が急速に進み、インターネットの威力が増大しているからだ。2008年の広告費で見ても、インターネットに投下される広告費は6000億円に達した。雑誌とラジオの広告費合計6200億円にほぼ肩を並べる。
活字系のメディアではインターネット上のブログ、検索メディアが台頭している一方、、新聞自体もインターネット上の情報提供に積極的に乗り出している。その結果アサヒコム、毎日JPなど大手新聞系のニュースサイトは常にアクセス数で上位にある。
 テレビでは1996年初頭のCSデジタル開始時48だったチャンネルは2007年454チャンネルを数える。ワンセグによるケイタイ送信は2008年春以降、新たな独立利用チャンネルの増加が見込まれ、BSデジタル放送もまたビッグカメラ系の「日本ビーエス」、伊藤忠系の映画チャンネル「スターテレビ」、三井物産系の「ワールドハイビジョン」など新しい放送事業者に開放された。多チャンネル時代はさらに広がりを見せている。
ブロードバンドの普及が2007年に50%をこえたこと、YouTubeのような動画サイトの人気が急上昇、音楽配信であったiPod、iTuneもハリウッド映画やテレビドラマを流す。インターネット経由で映画、テレビ番組、テレビニュースに接する動画視聴は増大の一途をたどっている。
 ラジオもまた現在のAM、FM、短波に加えて新しいデジタルラジオが開始される見込みだ。2011年以降は全国9、地域11のデジタルラジオチャンネルが想定されている。
 こうした中で政府は地上放送、衛星放送、電話とブロードバンド回線、インターネットなど全面デジタル化しつつあるメディアを一体化してコントロールする新たな「情報通信法」を準備している。今までのように放送と通信というように縦に分けて考えるのではなく、情報内容(コンテンツ)、情報伝達手段(プラットフォーム)、通信網や放送網の設備(インフラ)の三層に横断的に分け国の管理に組み入れる考え方だ。
 放送だけではなくインターネット経由であっても、多くの人々に視聴されるものは、影響力が大きいとして政治的な公平、正確な報道など規制の対象にすることが考えられていることから議論を呼んでいる。またホームページなど誰でも発信できるインターネットやケイタイではポルノ映像、有害情報の規制も強化される模様だ。
 こうした制度変更は「情報通信審議会」の論議を経て、2010年に具体化されようとしている。民間放送連盟や経団連では「影響力の大きさ」というあいまいな根拠で内容規制を行うことに反対、新しく増えつつあるメディアは規制を緩和して自由度を高めるべきだとしている。特にインターネットに現在の地上波と同様な内容規制がかけられることについての反対意見は強い。またComRightsと名乗る市民メディアグループは情報通信方を白紙に戻し、ヨーロッパなどで制度化されている市民の情報主権を制度化し、市民メディア、地域メディアを推進しようと活発な運動を展開している。
 こうした動きに先立って政府は2007年10月に現在の放送法を改正した。それによると以下のようなことが新たに決まった。
 NHKに監査委員会を新設し、経営を監視、監督する体制を強化する、新しく外国人向けの国際テレビ放送をNHKが始める。その番組制作は新しく作られる法人に委託する。NHKのアーカイブに保存している番組をブロードバンドで有料提供することを認める。民間放送の経営効率化を図り、資金調達を容易にする目的で複数の地上放送局(12局まで)を子会社に出来るよう「放送持ち株会社制度」を作る、などである。
 NHKと民放はこの改正でますますメディアの中での独占的地位を高めていくことになるだろう。特に民放では地方局が東京、大阪のキー局の傘下に組み込まれることになり、民放の特質であった地域性は影の薄いものとならざるを得ない。
 この流れの中で、「国際放送は公益重視で行くべきだ」(古森NHK経営委員長)、「朝から晩まで厚労省を批判している。何か報復でもしてやろうか。例えばスポンサーにならないとかね」(奥田トヨタ自動車元会長、厚生労働行政懇談会座長)など、メディア統制の発言が次々に出ていることは見逃せない。

 ネット社会の中のアメリカメディア
 アメリカの脚本家組合が敢行したストライキは2007年11月から2月までの3ヶ月間にわたって続いた。コメディショー、視聴者参加のタレントショー、プライムタイムの人気ドラマなど70以上の番組が中止され、新作映画の制作もストップした。ハリウッドとテレビ局が受けた経済損失は実に30億ドル(およそ3200億円)に達する。紛争の焦点はインターネット、ケイタイ、iPodなどでのストリーミング配信やダウンロードの二次使用料の配分だったが、結果脚本家側は収益の2%を手にすることになった。
 アメリカでは 2009年のテレビ放送全面デジタル化を目前にしている。現在すでに多くのテレビ番組がほぼストリーミング形式でインターネットに流れ、iPodに流れている。アメリカのテレビ局はYouTubeへの映像提供も積極的に行っている。主要なテレビニュースはインターネット上でさらに情報を付加したものを見ることが出来る。アメリカのメディアはインターネットを新しいアウトレットとし、新しい広告収入、視聴者獲得の手段として積極的に打って出ているのだ。
 アメリカの基幹テレビネットワークがインターネットへの参入、取り込み、提携に極めて熱心であることは前述した。
 アメリカのネットワークテレビニュースは全盛時に比べ視聴者が30%以上減少した。しかしネットワークは依然としてメディアの主流、機関であり、ネット上の視聴と合わせて、支配的な力を行使している。
その一方インターネットによって傷も負っている。
アメリカテレビ界のトップアンカーといわれたダン・ラザー(CBS)が2005年3月ニュース番組の中で自らの過ちを認め「アイム・ソリー」と謝罪し、辞任した。その前年ブッシュ大統領の軍籍に関する報道で証拠にした文書が虚偽であるとブロガーに指摘されたことが命取りになったのだ。
 2005年1月世界経済フォーラムの席上CNNのイーサン・ジョーダン報道局長はアメリカ軍がイラクでジャーナリストを標的にした可能性について述べた。この発言の現場にいたブロガーがその場で発信、全米のブロガーの集中砲火を浴び、彼もまた辞任に追いやられた。
 この二つの事件は、ブログが既存大メディアをも追い落とす存在になった実例として繰り返し語られている。しかしこれを単純に既存メディアと新興インターネットメディアの角逐と見ることは間違っている。私は当時二期目を狙うブッシュ新保守主義勢力のメディア攻撃が激しく展開されており、ブッシュ政権やイラク戦争に疑問を呈するメディアの追い落とし、姿勢転換を迫る動きがつよまっていたことが背景にあると見る。

 新聞もウエッブ進出で生き残りを図っている。アメリカのウエッブ上のニュースサイトのビジター数ではニューヨークタイムスが3500万を超えダントツである。CNN、MSNBC、ABCなどがそれに続く。Yahooやグーグルのニュースサイトも人気はあるが、独自の取材があるのではなくソースは既存の新聞、テレビに他ならない。数少ない有料電子版を持つウォールストリートジャーナルは100万人の契約者がいる。新聞全体では読者の減少がみられるものの、有力紙はインターネットに進出し、新しい読者を開拓している。

 日本のメディアの衰えぬ力
 日本では新聞、放送はじめとするマスメディアは依然として産業として強固な基盤を持ち、社会的な影響力も強い。新聞の発行部数6900万部、1000人あたりの普及631部、購読世帯5000万世帯、宅配率99%(いずれも2007年)という普及データーは世界に類例のないほどの高さである。部数は2000年に比べ200万部(朝刊、夕刊あわせ)減少したものの、宅配率は上昇し94パーセントを超えている。ちなみにアメリカの人口1000人あたりの部数は295、総発行部数は5800万部である。(資料は日本新聞協会)
 日本の場合の放送の経済基盤は強固なものがある。NHK受信料収入は年間5960億円(2007年)、ラジオ、テレビ合わせた民放の広告収入は2兆1905億円である(いずれも2007年)。
NHKと民間放送という放送の二元体制、新聞による民放ネットワークの掌握と再販価格維持制度、宅配制度という仕組みによって新聞産業と民放産業は戦後から半世紀の間に社会的影響力を拡大したのだと私は見る。そしてその力はインターネット時代、デジタル時代の現在も衰えてはいない。
 たとえばテレビの一日の視聴時間はNHKの調査で3時間53分(2007年)である。2000年も3時間53分であり、多少の上下はあるものの、80年代、90年代、2000年代を通してほぼ同じ水準を保っている。インターネットの接触時間は電通の調査によれば2000年8.4分が2007年3.5倍増えたがそれでも30.6分に止まっている。
 この状況について電通は「昨今のネット万能論、テレビ崩壊論はメディア接触データーを冷静に見る限り言い過ぎの感がある」(電通常務松下康氏)としている。
 テレビの視聴者、視聴時間が減らない、社会的影響力も保持し続けている理由の一つに、NHK、民放の番組開発の努力が挙げられる。
 ニュース報道ではNHKの定時ニュースやNHKスペシャルに見られるオーソドックスな客観報道と報道ステーションなど民放に見られるある種の激しさの並立を視聴者は歓迎しているものと見られる。民放の一連のワイドショーの世論効果もさることながら、最近人気のエンタメ型報道番組(たとえば「たけしのTVタックル」、「サンデージャポン」、「太田光の私が総理大臣になったら」など)が従来型の報道番組に代わって世論形成の主役になる傾向もある。報道性、娯楽性に裏情報も加味しているこれらの番組が人々の興味をつなぎとめ、時として小泉劇場、郵政選挙の時のような巨大な社会的波及効果をもたらしてきたといえるだろう。
 市民メディアの一環としてのインターネット新聞も、オーマイニュースやジャンジャンが健闘しているとは言うものの、主流メディアに対抗し、拮抗する存在には育っていない。メディアへの参入を試みたライブドアや楽天は阻まれた。その一方、主流メディア本体は、インターネット進出を試み、着々と地歩を築いている。
 2007年10月、読売、朝日、日経三紙が提携して社説、主要記事読み比べや、新しい共同配信ツールをウエッブに提供する。このサービスについて新聞各社は「ネットメディアにおける新聞社の影響力を高める」(日経杉田亮毅社長)、「インターネットを活用し、ペーパーの新聞を断固維持する」(内山斉読売新聞社長)と意気込んでいる。
 三社のサイトはグーグルと提携しているが、毎日はヤフーや楽天と提携する毎日JP、産経はマイクロソフトと組んだMSN産経ニュースで、それぞれがインターネットを抑えている。

 融合の行方は果たして・・・・
 インターネットへの進出融合では、掛け声は大きいが事実上まだ模索が続いている。
 CBCの特集番組「赤道大紀行」は視聴率11%で好評だった。この番組のための膨大な撮影ビデオを組み入れて月2のインターネット向け放送を動画サイトとタイアップして取り上げたところアクセス数が11万件にも達した。放送がインターネットと連動した成功例である。
 しかし全体として日本の場合はまだ試行錯誤が続いている。レギュラーニュースの衛星やケーブル送信は活発だが、アメリカのようにインターネット上でのニュースの再送信、あるいはインターネット向けのフルバージョンはない。
 ワンセグに一応サイマルの形で流れてはいるが視聴者の数は少ない。iPodのようにプライムタイムのドラマを選んで流すということになっていないため、社会的なインパクトには程遠い。
 インターネット系のテレビ送信はGyo(登録会員数1700万)、第2日テレ(登録会員60万人)、アクトビラ(会員数5万)、ニコニコ動画(有料会員17万4000)などがある。しかしビジネスモデルとしては確立しているとは言い難い。その他フジテレビオンデマンド、TBSオンデマンド、テレ朝BBなどは発信する番組がすくないため、ただやっているだけとみら手も仕方ない現状である。
 これまでインターネット配信から事実上締め出されていたNHKは2008年に入って何階の「アーカイブ再送信」を始めた。NHKが満を持して開始したのオンデマンド、アーカイブには見たい作品が多数あり、今後の展開が注目される。

 新聞とテレビが、ジャーナリズムの基幹的部分を担う決意を持ち、メディア文化、映像文化の分野でもこれまでの蓄積の上に立って、大衆性を持ち、かつ良質な文化を提供する努力を傾倒する必要がある。その上でインターネットへの進出、新しいデジタルモデルの確立定着を図るべきであろう。
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市民メディア豊かな可能性、京都で交流集会、1000人が交流、

市民メディア豊かな可能性、
京都で交流集会、1000人が交流、     隅井孝雄

これは日本ジャーナリスト会議が発行する「ジャーナリスト」第507号、2008年10月25日に掲載された

 何らかの形で情報発信している個人、グループ、団体が集まる市民メディアの全国集会が9月13,14の二日間京都で開かれた。名つけて「京都メディフィス」。会場は京都の中心部木屋町の高瀬川沿いに元立誠小学校と三条御幸町の1928ビル(元毎日新聞京都支局)など。
京都メディフェスには予想を超える1200人以上の参加があった。インターネット新聞、情報通信法、韓国のキャンドル集会とメディア、など堅い話題から報道被害屋敷(廊下を通ると報道被害に巻き込まれる)など意表をついた催しもあり、熱気を感じさせた。
 京都新聞、毎日新聞、共同通信などのメディア取材のほか、スティッカムによるネット中継もあり、グーグル検索6万件以上、ブログ掲載293件あったという。市民メディアがメインストリームに拮抗することを予感させるに十分な集会だった。
 京都に住む私は実行委員会に名を連ねることとなり、一日目は各地から集まったコミュニティーメディアの会合に出席、二日目は関西のテレビ各局の制作関係スタッフと市民の対話の司会役となった。

 「がんばれコミュニティーラジオ」
 最近コミュニティーラジオの中が非営利法人(NPO)として設立される例が増えている。2003年に京都三条ラジオカフェが旗揚げしたのに続くものだが、現在220局あるコミュニティー放送のうち12局がNPO。商業局の形をとっていても、事実上市民の手で運営されているところも多い。
 全国から駆け付けた20以上の局の人々を含めた60人あまりが、畳の会議室で車座になって熱心に討論した。故郷奄美に帰って昨年ラジオ「ディ・ウェイブ」を立ち上げた麓憲吾さんは「運営は厳しいが、地域への愛があれば乗り切れる」と語った。この気持ちは全国のコミュニティーラジオの関係者に共通のものだ。私は、「メディアが大きく変化している。もう一度コミュニティー放送を取り巻く制度、周波数、出力などを見直して、全国1800市町村にくまなくコミュニティーラジオを作る動きを起こす必要がある」と発言した。
 この会合ではスカイプでフランス、リヨンのコミュニティー局、ドイツのオープンチャンネルなどと映像を結び対話した。市民メディア、コミュニティーメディアは世界とも連携しうることを実証したといえる。

 「マスメディアと市民」
 朝日放送、読売テレビ、関テレ、KBSなど関西各局の報道や制作現場で日夜奮闘している中堅が顔を揃え市民と対話するという画期的な試みが行われた。視聴者との連携を強めるセクションや番組があるという関テレの報告が参加者の関心を集めた。また倒産の危機を経験したKBSが労組の踏ん張りで市民の支持をえて再生したことも必ずしも全国的に知られているわけではないだけに、驚きを与えた。
 最近放送局には抗議や問い合わせの電話が殺到しているが、「必ずしも両者が緊張関係にあるとは言えない、むしろもたれあいだ」という奈良産業大学の亘教授(元毎日新聞論説委員)の発言が私には新鮮だった。私はこのシンポジウムの司会をしながら、メディアと視聴者、読者の間にかけ橋をつなぐためには、まだまだやらなければならないことがたくさんあると痛感した。
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2009年02月26日

非営利市民放送とマスメディアを考える その五

 非営利市民放送とマスメディアを考える その五 隅井孝雄

 以下の論文は2008年9月に発刊された「非営利放送とは何か、市民が創るメディア」に掲載された私のロングンである。5回に分けて掲載する。今回はその五

 第五節 メディアのこれからを考える

 広域メディアからの転換は可能か
 かつて私が住んでいたアメリカでは、新聞は行政区を単位にして発行されている。ニューヨークタイムス、ボストングローブ、ロサンゼルスタイムスなどの名称を見ただけでそれは明白だ。放送もほぼ市を単位にした置局制度がとられている。車で30-40キロ走るとそこには隣接した市のラジオ、テレビが待ち構えている。さらにラジオは一つのマーケットに20-30局がひしめいているため、パブリックな局、市民アクセス用のラジオも存在する。アメリカ全土に13,748の地上波ラジオ局、1,747の地上波テレビ局が存在している。ラジオ101局、テレビ126局という日本と比べいかに多くの局がアメリカにはあるかがわかる。
 日本のメディア構造を新聞で見れば、全国紙、都道府県単位の地方紙のほか東北、中部、九州など複数県をカバーするブロック紙に大別される。市町村単位の情報は2-4ページの地域版に限定される。NHKも全国放送と都道府県地域放送局の二段構え、民放は全国ネットワークと都道府県単位の地方局、大都市近郊の広域UHF局に分かれる。
 日本の主流メディアには市町村単位の地域情報が視野からほとんど脱落している。そして市民が直接参加し、発言することを容認するメディアも存在していない。受信料で運営されているNHKですら、市民の放送、番組への直接参加に門戸を開いていない。
 2006年6月、受信料不払い急増の中、NHKの再生を探ろうとした「NHKデジタル時代懇談会」は次のような提案を行っている。「単に視聴者の意見を汲み上げる努力だけではなく、視聴者参加のパブリックアクセス番組の開発と提供も積極的に模索されるべきである」。
 しかし残念ながらこの提案は実っていない。(私の知る結いつの例外はKBS京都放送のラジオの場合だ。土曜日朝10分間のアクセス番組があり、年間10回ほど放送されている)。
 デジタルという新しい情報技術を手にしたメディアが、あらためてきめ細かく地域、市民と密着したメディア機能を強化することは可能なはずだ。またデジタル化で単一チャンネルを3チャンネルに分割できることを考えれば、アクセスチャンネルを設定することも難しいことではなくなる。既存メディアが巨大化と商業化の追求という方向を転換し、市民社会に顔を向ける姿勢を持つことが求められる。

 コミュニティーラジオ発展の方向
 京都コミュニティー放送(京都三条ラジオカフェ)のような非営利地域FMは既存のメディアの欠落している機能を担う存在として大きな社会的意義を持つといえるだろう。
 今のところコミュニティー放送は出力が20ワットに限定されているため、メディアとしての訴求力に弱点があるが、大都市以外の市町村にじわじわ広がり始めている。
 2008年4月末の時点でコミュニティーFM局は総数217局、うちNPO局11局である。2004年以降の新規参入は45局を数える。
今後コミュニティーラジオの新しい発展を考える場合、制度的見直しも必要だと思われる。たとえばFM波の置局計画を規制緩和の方向で見直し、出力を増強し、局数を大幅に増やすという行政上の措置も必要になる。デジタル放送波を地域ラジオにも割り当てるといった制度の転換も考えられる。また地域メディアとしての公共性を踏まえ、なんらかの公共的財源を投入する仕組みを作ることも必要ではないだろうか。音楽著作権が緩和され、コミュニティーラジオがインターネット上に広がれば、新メディア時代の新しい可能性も広がる。
 200を超える地域ラジオはそれぞれが日々苦闘しながら放送を続けている。もし条件が整備され、その重要性への認識が広がれば、日本全国の市町村に広がる可能性がある。
 2008年現在全国には1800の市町村がある。このすべてに複数のコミュニティーラジオができるということになれば3000あっても、5000局あってもおかしくない。
 コミュニティーという概念を生活の場ととらえれば、大学、病院などに拡大することも考えられる。アメリカやイギリスでは大学単位、あるいは大きな病床を持つ病院単位のコミュニティーラジオが盛んだ。日本でも大学ラジオ、ホスピタルラジオという新しい展開を考えてもいいのではないか。
 私は地域メディアの重要性を発揮できる可能性は目の前に大きく広がっていると考える。
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