2010年03月19日

書評、紙とネットが分離するメディアの今後を占う  

 書評、紙とネットが分離するメディアの今後を占う
 No.35 2009.7.25

 これは2009年7月25日「ジャーナリスト616号」(日本ジャーナリスト会議)に掲載された。

 アメリカで伝統ある地方紙の廃刊が相次いでいる。何が起きているのか、ジャーナリズムはどこへ向かうのか、私も気になってニュースをフォローしているさなか、7月7日「新聞の消えた日」というテレビドキュメンタリーが放送された。今年2月惜しまれた発行を止めた「ロッキーマウンテン・ニュース」紙の記者たちに密着したレポートだが、「新聞がなくなれば誰が権力を監視するのか」という記者の言葉が耳に残った。
 本書はこうしたアメリカの状況を踏まえながら、個人発のメディア「ブログ」が力を持ってきていることを克明にルポした。
7-80万人のビジターがいる「デイリーコス」。9.11の時、少数者の意見をと始めたが、全米ブロガーのコンベンションを主催、有力政治家も参加するメジャーな存在になった。司法長官解任に至ったブログ調査報道が賞に輝いたこともある。またNPOの形態で地域を根城にするブログも輩出している。いずれも一般市民の寄せる情報との連動がカギだ。アメリカ国内で発信するブログ「博訊」が中国の言論に風穴を開けつつあるのも興味ぶかい。
 ブログ情報には不確かさがまとわりつく。それを克服するため、リンクの倫理、透明性の倫理、訂正の倫理が紹介されているのが印象に残った。
 第三章にアメリカの新聞の現状が報告されている。ニューヨークタイムスなどの有力誌も、ウェッブページを強化して新しい方向を模索している。紙とネットに分離するジャーナリズムは今後どうなるか、全貌をつかむ取材を丹念に積み重ねた好著だ。
 隅井孝雄

 「米国発ブログ革命」(池尾伸一著、集英社新書)

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2010年03月17日

コミュニティーFM放送の現在

現代社会とメディア、ジャーナリズムの現場から( 第7回)
コミュニティーFM放送の現在 
隅井孝雄(京都コミュニティー放送副理事長)
 No.34

これは2009年6月4日京都大学文学科研究科の共通科目「現代メディア、ジャーナリズムの現場から」の大7回講義としてで行われた講演の要旨を再録したものである。


1. 今NHKのテレビ小説「つばさ」でコミュニティーFMが主な舞台となっている。映画館がなくなり、その建物がそのままコミュニティー放送のスタジオになった。江戸の面影が残る川越が舞台だ。老舗のお菓子屋の娘つばさ(多部未華子)はふとしたことから新しく開局するコミュニティー放送「ラジオポテト」に出会い、そのオーナー真瀬(宅間孝行)やアパートになった元映画館の住人たちとコミュニティーにとどけとレポーター役で活躍する。コミュニティーラジオは1992年に生まれた。1995年阪神淡路大震災の時、神戸で電波を出したFMわぃわぃが大活躍して存在を知られるようになった。出力20ワットのいう小さなラジオだが情報空白地帯だった市町村単位に電波を出しており、現在全国の225局ある。多くの局が株式会社形式の商業放送だが、中には地方自治体と密接に関係を保つ第三セクターとして放送している局もある。その後2003年京都の中心部でNPO(非営利法人)が運営する「京都コミュニティー放送」が免許を取得したことから、その後NPOの形態で新設される局が相次ぎ、現在14局になった。市町村合併が進んだ結果、コミュニティーが拡大していることから、コミュニティーラジオの存在意義が改めて見直されている。

2. コミュニティー放送はエリアが小さいこと、放送出力が20ワットに制限されていることなどから、経営上困難を抱えているところが多い。しかし非営利法人(NPO)では多くのボランティアが放送に参加し、市民や商店主が分担することによって経費を賄っている。地域メディアとしてのコミュニティー放送は大きな社会的意義を持っている。新聞、NHK、民放など日本のメディアは全国メディアが都府県あるいは東北、近畿などの広域圏が対象になっており、市町村単位の情報手段はコミュニティー放送以外にはない。日本独特の事情だ。コミュニティー放送という存在は強い公共性に裏打ちされているといえるだろう。

3. 京都コミュニティー放送(京都三条ラジオカフェ)は2003年3月、周波数免許の交付を受けて放送が始まった。資金を10万円出資したおよそ100人の市民が会員としてラジオ放送局を支えている。会員からあらばれた理事が、運営の要となり、理事長のほか財政担当、番組編成担当、会員担当などが総会で選出されているが、会社組織と違って他に職業を持つボランティアだ。職員は放送局長、番組担当部長、チーブエンジニアの3人のみ。ミキサー、アナウンサーなどはすべて若者のボランティアが担当している。番組は市民グループ、個人、商店などが3分間1500円という格安の放送料で自由に制作している。毎週15分番組を放送すると一カ月26,000円かかる。市民がつくる番組は月におよそ120本ある。文字通り市民による市民のための放送局だ。「難民ナウ」、「京ことばニュース」、「京野菜、果物情報」、「環境ニュース」、「エコまちライフ」など多彩な番組が並ぶ。演奏を聴かせる番組も多い。立命館大学、龍谷大学、京産大、精華大、京都女子大など学生が制作する番組もあるが中にはゼミと連動して制作すると単位になるものもある。

4. 日本のラジオは1925年、大正15年、NHK東京放送局が最初に電波を出した。第二次大戦後1945年、占領軍は放送を民主主義普及の手段にするとともに、アメリカの番組アイディアを反映した番組の制作を指導した。またNHKに加えて広告を財源とする民間放送が新しくスタートすることになった。言論の多様化やバランスを保証するためだった。ラジオは50年代から60年代にかけて娯楽番組、音楽番組が熱狂的に受け入れられ、また報道番組でも強い社会的影響力を持つにいたった。当時はラジオこそはリーディングメディアだったのだ。またセイヤング、オールナイトニッポン、パックインミュージックなどの「深夜パーソナリティー番組」が若者の間で人気を得た。FM放送は1970年から始まった。当初は音楽中心だったが、ジェットストリームなどの大ヒットを経て、やがてパーソナリティーによるワイド番組が主流になった。

5. アメリカではラジオ局の数が多い。ニューヨーク市とその近郊ではでは40以上のラジオ局が林立している。放送の種類も様々で、音楽はジャンル別、トーク専門、ニュース専門、自治体、大学、スペイン語など様々だ。全米にラジオ局は13,700局ある。放送エリアはほとんど市が単位になっている。日本にはラジオ局は101局しかない。日本にはないジャンルとして目につくのはカレッジラジオ。全米に200局ある。学生によって自主運営されているが一般放送と肩を並べ、カレッジラジオのベストヒットなどの番組はいち早く新曲を取り上げ流行を作り出すので、音楽業界も注目している。イギリスも大学ラジオが盛んだが、それ以外に病院ラジオも活発だ。日本にはない考え方だが、取り入れる必要があるだろう。

6. コミュニティー放送を活発にするには、出力を高めて聞き取りやすくする必要がある。また何らかの公共財源を投入すべきだろう。大学にもコミュニティーラジオの免許を与えればラジオはもっと活性化する。日本ではラジオそのものがマイナーなメディアとみられているがアメリカ、カナダ、フランス、イタリー、イギリスはもとよりアジア各地、アフリカ、中南米でも盛んに人々に聞かれている。日本のラジオ局は若者を対象にしたキャンペーを始めている。ラジオの復権が望まれる。その鍵の一つはインターネットだ。一般のラジオが著作権が絡んで、音楽を流せないのに比べ、コミュニティーラジオはある程度自由に音楽を含む番組を流すことができるようになった。電波による放送を基盤にしながら、インターネットを活用すれば新しい層、若者を引き付けることが出来る。未来は有望なメディアだ。

7. 市民メディアが活発になった。昨年7月の北海道サミットでは市民メディアセンターが開かれ、国内と海外に向けてインターネットや衛星を利用したニュース送信した。文字はもちろんだが、ビデオ映像、ラジオ放送もあり、特にラジオではドイツ、メキシコ、セネガルなど世界コミュニティー放送連盟傘下の局に向け国際放送まで行った。コミュニティーラジオは市民の手で地域情報を送り届けるという意味で市民メディアの重要な一部である。

8.2007年韓国でアメリカ産牛肉の自由化に反対する抗議行動が大きなうねりとなって社会をゆりうごかした。この運動はデモや集会の真ん中でパソコンに接続したビデオカメラやカメラ付きパソコンを掲げる若者の姿があり、彼らの映像やレポートが世論を動かしたのだ。市民がニュースの発信者になった。韓国はブロードバンドが90%の家庭に普及している。ポータルサイトのafreecaは自作の映像や、ゲームなどを発信していたが、最近社会問題を取り上げた映像を発信することが増えた。一か月の150万のアクセスがある。これらの市民による情報ポータルサイト船体の広告収入はすでに新聞、雑誌を追い抜き、テレビに迫っている。市民メディアを専門に取り上げるサイトもある。不当に解雇された教師の密着取材、再開発地域で立ち退きを迫られた市民も登場する。徹底的に少数派を代弁する存在になっている。
 
9.ラジオやテレビで全米に放送しているニュース番組「Democracy Now」も徹底して市民の側に立つ。独立メディアとしてもっとも有名だ。司会のジャーナリスト、エイミー・グッドマンは以前からラジオでニュースを放送していたが、9.11をきっかけにテレビ放送を始め、戦争に向かうブッシュ政権の姿勢を鋭く批判した。雪崩を打ったように報復と戦争に傾く世論の中で反戦を主張する少数派の声を代弁したのだった。
 今この番組は現在268のテレビ局と、320のラジオ局で放送されている。それに止まらず全世界に発信を広げている。日本でもインターネットで視聴できる。
 独立メディアは発展した背後には取材、制作が技術発展で簡便になったこと、世界がインターネットで結び付いたことがある。衛星中継でなくてもインターネットで世界のどこからも映像レポートが送られてくる。「Democracy Now」は個人の寄付とボランティアで運営を支え、大企業とに依存関係を経った。
 市民はブログという情報発信手段も手にした。メディアはインターネットと融合しながら新しい時代の到来を待ちかねている。日本のコミュニティーラジオもインターネットによるウェッブ放送との連動が始まり、新しい展開に受かって進もうとしている。



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2010年03月07日

市民による情報発信の成果、書評 市民メディアの挑戦(松本恭幸著、リベルタ出版)

市民による情報発信の成果
書評 市民メディアの挑戦(松本恭幸著、リベルタ出版) 隅井孝雄
No. 32, 4/25/09

これは2009年4月25日 「ジャーナリスト613 号」(日本ジャーナリスト会議)に掲載された。 
      
 昨年7月の北海道G8サミット。ここでは市民グループの手により札幌市内三か所に市民メディアセンターが開設され、国内外に向けてのインターネット配信、衛星を利用しての映像やラジオ放送の全世界への発信を行った。特にコミュニティー放送の分野ではドイツ、メキシコ、セニガルなどAMARC(世界コミュニティー放送連盟)参加局が多数参加したことも注目される。
 本書ではここまで大きく発展しつつある日本における市民メディアの歩みをたどり、克明な取材で実態を明らかにした。パソコン通信、ビデオジャーナリストなど前史にわたる部分の後、コミュニティーFMなど市民参加のラジオ・テレビ放送、市民映像祭、上映会、インターネット新聞など充実した現状ルポが続く。そして市民メディアが担う役割、メディア教育などについて分析し、巻末では地方自治への市民参加、ジャーナリズムへの市民参加など興味深い提言が行われ、市民メディアのネットワークの拡大と、担い手のすそ野拡大が必要だと説いて締めくくられる。
 本書では市民メディアという概念を、電波、ケーブル、インターネットなどの情報ルートの中に確保された市民のパブリックな言論空間の実現、既存メディア空間へのアクセス、市民による情報コミュニティーの形成など動的にとらえている。最近社会的発言を増したブログへの言及がないのが私としてはやや不満である。
 メディア発信を試みる市民、そしてメディアのあり方を模索するジャーナリストの一読をすすめたい。


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2010年03月04日

テレビ番組批評「お買いもの」

 テレビ番組批評「お買いもの」 NHK 2009年2月14日 21:00 隅井孝雄
 No. 31 5/6/09

 これは「Galac]2009年5月号(放送批評懇談会)ギャラクシー賞テレビ部門月間賞の作品評として掲載された。

 銀座のカメラ店の店主と店員の会話が年寄りの旅の結末を暗示、絶妙なプロローグである。芝居ならこれがいわば幕前で、カーテンが上がると田舎の茶の間の老夫婦。久米明と、渡辺美佐子が演じる夫婦の会話が絶妙だ。特に久米の老人特有の言葉使いがリアルに響く。シンプルなカメラワークが会津の田舎の風景をきわめて現実的なものとして描き出してくれる。そして効果的に挿入されるチェロとピアノのこれもシンプルな音楽が久米明の足取りをゆったり伝える。
 カメラ屋のDMが老人の心を揺さぶった。かくして赤いジャンパー姿の久米は渡辺を伴っていざ渋谷へ。だんだんしっかりしていく久米の変化がセリフまわしにうまく出ている。電車のなかでの切符騒動、初めて見るケータイ改札、スタバでのコーヒー選び、孫のアパートでのラザニアなど、一つ一つのエピソードがそれなりにディーテイルを伴って現代社会の断面になっているようだ。
 矯めつ眇めつ、迷いに迷って手にしたカメラを持って再び渋谷の街へ。迎えにきた孫娘とその彼氏との会話も、もまた極めて自然体で進行する。
 時代遅れだがかつては高級だったフィルムカメラと、人生の思い出の波長がうまくシンクロしている。幕切れの縁側のシーンが全体の流れから見ると説明的だったのが気にかかる。
 最近ゆったり進行するドラマ、セリフ、映像を丁寧に積み重ねるドラマが増えたような気がする。テレビのごく初期に舞台劇の延長のような読み切りドラマが繁栄したが、50年、60年のサイクルでそれがまた戻ってくる気配がある。NHKがその先鞭をつけているようだが、民放でも地方局の周年ドラマなどに時折その手の作品を見かける。
 脚本の前田司郎は初めて聞く名だが筆は確かだ。聞けば演劇の経験が豊富で岸田国士賞も得ているという。彼のような新鮮な才能を持つ練達の脚本家がテレビの世界で活躍してくれることは嬉しい。中島由貴の演出も会話やカメラワークにドラマとしての気配りが行き届いていた。
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2009年03月13日

米オバマ新政権、アナログテレビ停止を延期か?       2011年地デジ完全移行、日本も計画練り直しを

 ジャーナリストとの視点
 米オバマ新政権、アナログテレビ停止を延期か?
      2011年地デジ完全移行、日本も計画練り直しを

 これは2009年1月25日の「ジャーナリスト」610号(日本ジャーナリスト会議)に掲載されたものである。
    
 アメリカ、オバマ新政権が来月に迫ったデジタル放送への全面切り替えに待ったをかけ、アナログ放送を延長するよう議会に要請した。
 アメリカのテレビは2009年2月17日をもってアナログ放送を中止し、デジタルテレビに全面的に移行することになっているが、政権移行チームの共同議長ジョン・ポデスタ氏が「アナログ終了に伴う消費者へのサポートが不十分だ」として、1月9日、上下両院の通商委員会に対し延期を要請する手紙を送ったのである。
 アメリカのテレビ世帯は1億1400万世帯だが、調査会社ニールセンによるとその6.8%、77万5千世帯が依然としてデジタルテレビを持っていないためアナログ休止でブラックアウト画面になる。さらに10%、1000万世帯は一台だけデジタルを入れたが、二台目、三台目テレビなどはアナログのままという状態が続いている。
 最も問題になっているのは、ケーブルにも衛星にもつながずに地上波電波だけでテレビを見ている低所得家庭、高齢者家庭、そして過疎地帯の家庭だ。政府はこうした家庭がデジタルコンバーターを購入できるよう、40ドルのクーポン券を配布していた。コンバーターの価格はおよそ50ドルから80ドル。必ずしもデジタル機能を発揮できるというわけではないのだが、ともかくも従来のテレビにつなげば絵が出る。15億4000万j(およそ1500億円)を用意したのだが、経済失速の影響もあって申請が殺到し、予算は底をついた。110万人がとり残され、その数は日を追って増える一方である。
 NBCやABCなどのテレビネットワークも延期には反対しないということなので、アナログ、デジタル同時放送が一定期間続きそうだ。
 日本はどうか。全面移行は2年半後の2011年7月だとは言うものの難問が山積している。デジタル受像機への買い替えはこのところの不況でがっくりと落ちた。普及は50%にとどまったままだ。1500万世帯以上あるとみられる共聴アンテナに頼る山間辺地や都市集合住宅はそのほぼ30%、500万世帯がデジタル共聴への移行が難しく、一挙にデジタル難民になる。
 衛星放送の空き周波数を使ってカバーする計画もあるが、それだと地元のローカルチャンネルは入らない。政府は生活保護世帯およそ200万世帯にチューナーを無料配布するというが、生活保護を受けられない貧困世帯はその4倍以上850万世帯という数字がある。
 生活のライフラインとして機能しているテレビ視聴がある日突然断たれるということは、社会の大問題といわざるを得ない。デジタル化は必要と思うが、テレビが見られないという事態を放置していいということではない。政府、NHK,民放は改めて真剣に計画を練り直しが当然だ。
それにしても、アメリカでの議会へ向けたポデスタ書簡は、誕生目前のオバマ新政権が、庶民の生活に目線を注いでいるあかしだと私は受け止めている。
 日本で庶民目線の政治に転換する日はいつ来るのだろうか。


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2009年03月11日

コミュニティーFMの地域力、  京都三条ラジオカフェの経験から、その現状と課題を考える

 コミュニティーFMの地域力、
 京都三条ラジオカフェの経験から、その現状と課題を考える
 隅井孝雄
 京都ノートルダム女子大学客員教授
 NPO京都コミュニティー放送副理事長

以下は2008年12月25日発行の月刊誌「AURA」192号(フジテレビ調査部発行)に掲載されたものである。

 はじめに
 奄美大島に「ディウエイブ」というコミュニティー・ラジオがある。アシビという島でただひとつのライブハウスの一角にそのラジオ局はある。運営している青年、麓健吾さんは、東京に出ていたが、奄美の島唄が多くの歌手に注目されているのに島の青年が奄美に伝わる歌をほとんど知らないという現実に危機感を持って島に帰った。そしてライブハウスを運営する傍ら非営利のコミュニティー・ラジオをはじめた。
 今年9月京都で開かれた全国市民メディア交流集会に麓さんも参加し、コミュニティーメディアに寄せる思いを語った。この集会には非営利放送を研究しているグループ(龍谷大学松浦聡子先生が主宰している)の呼びかけが実って、全国に点在するNPOコミュニティー・ラジオ8局の代表者など80人ほどが参加した。そしてコミュニティー・ラジオの現状、未来を熱く語った。このように非営利のラジオが一堂に会したのははじめてのことである。それだけではない、携帯カメラとコンピューターを駆使して、フランスやドイツの非営利放送などとも中継映像をはさんだ国際討論までおこなわれるほどの熱の入りようだった。
 多くのコミュニティー・ラジオの運営は楽ではない、しかしこの集会に参加した麓さんは「運営は厳しいが地元への愛があれば乗り切れる」と発言した。それはコミュニティー・ラジオに携わる人々すべての偽りのない心境を吐露したものだったといえよう。

 コミュニティー・ラジオは公共のメディア広場
 コミュニティー・ラジオは 1992年周波数割り当ての規制緩和の一環として制度化された。戦前からあった電話回線によるラジオ共聴制度を受け継ぐものだといわれているが、文化的背景としては1970年代に活発だった自由ラジオの系譜も引いていると考えられる。現在日本全国で221局が電波を出している。
 1998年に年間32局が開局し110局となったのをピークに低迷期に入るが、2003年非営利活動法人(NPO)という運営形態をとる「京都コミュニティー放送」(FM79.7京都三条ラジオカフェ)に放送免許が交付されたことが一つのきっかけとなり、再び増勢に転じた。2005年以降開局数で二桁が続いている。この背景には町村合併が進行して地域情報に対する需要が増大していることもあるものとみられる。
 従来はコミュニティー・ラジオに対して商業放送の形態での周波数免許しか与えられなかったが、もともと地域へ向けた情報発信が主体のコミュニティー放送である。「奈良ドットFM」や神戸の「FMわぃわぃ」などはいずれも商業局の形をとっているが、姉妹関係に当たるNPOが番組制作を行うなどの連携で放送している。また自治体や、第三セクターが出資し、あるいは運営にかかわっているコミュニティーFMも数多く存在している。そして「京都コミュニティー放送」以降、現在までNPOとして免許を受ける局も数多く出現し、21局に達した。
 私は非営利局以外の商業局でも、コミュニティーFMは全体として限りなく非営利に近い公共性を持っていると考えている。地域住民の公共のメディア広場とでもいえるだろうか。

 6分番組「難民ナウ」が大きく広がった
「京都三条ラジオカフェ」に「難民ナウ」という6分の番組がある。毎週土曜日午後7時の生放送だ。番組を制作し、出演するのは宗田勝也さん。建築関係の業界紙に勤めている彼がポケットマネーの中から放送料として月1万円出している。
 彼はふとしたきっかけで難民問題に関心を持つようになり、元国連難民高等弁務官、緒方貞子さんの話に触発された。企画をせっせと書いて関西のラジオやテレビに持って行ったが、採用はされなかった。たまたま京都精華大学と京都三条ラジオカフェとのジョイントで開かれているラジオ制作講座を受講、ラジオカフェなら自分で番組が作れる、と「難民ナウ」を始めたのが2004年だった。
 最初は東京の国連のオフィスに電話して、難民問題に詳しい人を捕まえては電話で話を聞く、という繰り返しだった。ところが、難民問題を取り扱う日本でただ一つの番組だということが注目され、難民関係者、国連の関係者が関西に来るたびにスタジオに立ち寄るようになった。重要なニュースも国連から送ってくる。
 インターネットのポッドキャスティングでもこの番組を流しているためアフリカや世界各地で難民問題に取り組んでいる日本人ボランティアの間で、今やこの番組を知らない人はいない。宗田さん自身も同志社大学や京都大学で定期的に難民問題についてのシンポジウムや特別講義に出席を求められるようになった。難民関係者が京都に来たときは講演会を企画する。この活動を街の人々に広めたいとボランティアを「難民ナウ」の番組やインターネットで募集したら若者20人ほどが協力を申し出て、取り組みの輪は大きく広がった。
 そうした活動の積み重ねが実って今年11月26日、宗田さんたちは京都の中心部寺町から烏丸通りにかけて三条通り沿いで「京都三条通りジャック2008」というイベントを開いた。街行く市民に難民問題を訴えかける行動に乗り出したのだ。

 街づくりとのタイアップ
この界隈には住民や商店の人々が集まる「京の三条まちづくり協議会」という組織がある。そこが全面的に協力してくれることなったので地域ぐるみの運動になった。
 新風館イベント広場で開いた難民トークには大学で学ぶベトナムやミャンマーの難民も参加した。難民クッキングという料理教室も開かれた。通り沿いの14店舗がスタンプラリーに参加、当選者への景品も提供してくれた。楽器店「JEUGIA(十字屋)三条本店」や新風館のイベントホールでは、オーストラリアやニューカレドニアの民俗楽器による音楽演奏がある。烏丸通りの「大垣書店」には難民問題の本が取り揃えられ、棚の一角を占領した。
 「三条通りは昔から人と人のふれ合いを大切にしてきたところです。それが最近の通りのにぎわいに反映しています。だから町の人は難民とのふれ合い、世界の人との分け隔てないふれ合いをきっと大切にしてくれるでしょう」と言って三条街づくり協議会の事務局長、中野繁人さんは応援を決めてくれた。
 「こういうことができるのももとはと言えば6分間のラジオ放送があったからです」と宗田さんは言う。ちなみに「京の三条街づくり協議会」の会長で三条通りに古くからある有本商会の社長さん有本嘉兵衛さんは「NPO京都コミュニティー放送」の理事長でもある。
 
 地域の中へ、市民のなかへ
 正しい京言葉を広めようというグループ「京ことば研究会」のメンバーが交代で出演するニュース番組「京ことばニュース」、激動する世界経済も、日本の政治もみんな京ことばで語られる。錦市場などで売っている旬の野菜や果物の産地情報、入荷情報、料理法などを伝える「京野菜果物情報」も人気だ。京都の人の郷愁をそそる番組「校歌の時間」がある。京都の中心部では百数十年の歴史を持つ小学校が次々に廃校になった。しかし昔からの学区が今も生きているため、人々は校舎をそのままの姿で残している。存続している学校では在校生に出演してもらうが、廃校になった小学校も、卒業生、同窓生を集めて歌ってもらい、ついでに思い出に花が咲き、京都のまちなかの歴史のあゆみが懐かしさとともに語り合われる。木曜日の「目のオク」という番組では毎月最後の週に野宿生活を続けているH S さん(55歳)が登場、路上から見た京都を語って評判になっている。また京都府国際交流協会に登録する13カ国20人の外国人が交代で協力する15分番組「エフエムマイド」はそれぞれの母国に情報を交流しあう番組だが、災害などの緊急時には情報発信のステーションに変身する。
 2008年11月現在京都三条ラジオカフェでは113本の番組が放送されている。専任スタッフは3人であるためいわゆる局制作の番組は週3回のニュース、情報ワイド「ハローラジオカフェ」、「番組審議会だより」、それに定時ニュースなど13本に止まる。それ以外のすべての番組100本は市民が制作し、市民が出演する番組であり、こうした番組の放送料は市民が出す。制作に携わる人々の数は正確には把握できないが週間500人は超えているに違いない。発想は自由闊達、思いもかけない新鮮で独創的な番組が並ぶさまは壮観であるとしか言いようがんない。そしてすべてが地域の市民による、京都中心部(中京区、下京区、東山区)という地域への発信であることは言うまでもない。
 「京都三条ラジオカフェ」は文字通りの市民ラジオだと言っていいだろう。設立から現在までの足取り、あるいは番組表を埋める色とりどりの内容などを仔細に見ると、主体としての市民はいくつかに分けて考えることができる。第一は京都で大きな力を持つ非営利活動法人、NPO。第二は京都中心部に基礎を持ついわゆる「京町衆」とも言うべき市民、現代流にいえば商店主、中小企業家である。第三の存在としてメディアでの発信を求める一般市民の多くは、単なる居住者ではなく、文化的バックグラウンドがあり京都文化の体現者とでも言うべき人々だ。彼らはラジオに表現の場を強く求めている。これと重なるが大学のまち京都にあっての学者、研究者、さらに行動の主体となることが多い学生である。

 京都のNPOがうしろだて
 非営利活動促進法は時代の風を受けて1998年に制定された。環境保護運動などNPO活動の先進地区といわれる京都では同じ年京都NPOセンターを発足させた。京都市内のNPO認証団体は591を数え、人口比では東京、大阪を超える。そのNPOセンターが1999年に早くもコミュニティーFMの開設を目指すプロジェクトを立ち上げたことが、NPOによるコミュニティー放送実現のきっかけになったと思う。このときはまだ行政当局にはNPOが放送免許の主体となるという認識はなかったに違いないが、時代を先取りするNPOが行政の背を押すきっかけになったのではないかと私は想像する。
 実際に「京都コミュニティー放送」(京都三条ラジオカフェ)がNPOによる免許の申請を出したのは2001年だが、この年奇しくも放送認可の業務は郵政省から総務省に移管された。中央省庁再編の一環である。郵政省時代はNPOによる放送免許の申請は一顧だにされなかったが、新たに放送行政を担うことになった総務省近畿総合通信局の担当官は、NPO法人による放送局免許は選択肢の一つだと発言、2003年「京都コミュニティー放送」(FM79.7京都三条ラジオカフェ)に免許が下りた。
 考えてみれば総務省は地域行政の活性化、非営利団体による活動の推進を図ることを業務としていたから、当然の帰結であったのかもしれない。
 京都NPOセンターはただちにコミュニティー・ラジオの支援の方針を打ち出すとともに「Happy NPO」という30分番組をスタートさせた。このようなNPOセンターのイニシアティブがあったため、環境系番組や地域活性化型、地域支援型の番組が、NPO団体や、NPO系の個人の活動家によって数多く放送されているようになったのだと私は思う。
 「エコロジーニュース」、「環境市民のエコまちライフ」、「気候ネットワーク」、「NPOインホープ」(不登校児童支援)、「地域力再生コミネット」、「Do You Kyoto?」、「街づくりチョビット推進室」、「木と暮らす」、「ウオーキングカフェ/街中一口メモ」、「きょうと・ひと・まち・であいもん」、「京都寺子屋―Bunka塾」、「京都町衆じゅずつなぎ」などなどである。
 こうした番組の積み重ねの中で毎週500人から1000人という数の人々が番組を作り、番組に出演し、そして京都の街なかで人と人のネットワークを増殖させているのだ。

 大学の街京都だからこそ
 京都市のもう一つの特徴は大学と大学生の数が多いことだろう。市内におよそ30の大学があり、学生数はおよそ13万人。人口の10%を占める。「京都三条ラジオカフェ」のボランティアスタッフ(ミキサー、ニュースアナ、ディレクターなど)およそ40人のほとんどが学生であり、彼らを抜きにして放送は成り立たない。「ぼららじ」(立命館大学)、「ラジオタックル」(龍谷大学)、「やった、学んだ、これからだ」(京都産業大学)、「パジャマdeレィディオ」(帝塚山大学)など7つの大学の学生たちのレギュラー番組があり、それ以外に大阪外語大、立命館大学でゼミとして先生が番組枠を持つケースもある。
 精華大学では局とのタイアップでラジオ番組制作講座を年間通して開催、講師は京都三条ラジオカフェから派遣しているため、終了した後ボランティアとして局にやってくる学生も多い。こうした状況を目にしながら、私はいつの日か京都で新しいスタイルの大学ラジオ局が出来れば素晴らしい展開になると考えている。

 インターネットも視野に
 前述したように2003年非営利ラジオ局の登場以降、コミュニティー・ラジオには新しい風が吹いている。その一つが、コミュニティー・ラジオのインターネットネット進出の可能性が開けてきたという新しい要素だ。 
 現在でも「京都三条ラジオカフェ」ではいくつかの個別トーク番組をブログ形式でインターネットに上げているが、音楽を使う番組は著作権の関係があってインターネットにはのせられない。アメリカのインターネットサイトLive 365を経由して番組を聴くことができるが、これは同時聴取が5人限定という厳しい制限がある。
 コミュニティー放送の場合、出力が小さいことが隘路となって聴取困難な地域が常に存在する。また高層ビルのビル陰、ビル中も難聴が発生している。その上市町村のエリアが広がったため同じ市内でも電波が届かないという問題も起きている。
 こうした状況の中で2008年5月、地上のコミュニティー・ラジオを補完するという意味で「コミュニティー・サイマル・ラジオ・アライアンス」という組織が旗揚げ、音楽著作権協会など権利者団体との協議が整い、湘南ビーチFMなど19局がインターネット放送を開始した。日本では一般のAM,FMラジオのストリーミングは実現困難であることから、コミュニティー・ラジオにとっての大きなアドバンテイジになることが予想される。「京都三条ラジオカフェ」はまだこのアライアンスに参加していないが、準備が整えばインターネットのストリーミングを開始したいとの意向を示している。京都ブランドの全国発信の道が開かれるわけだ。

 出力が小さすぎる
 それにしても、20ワットという小出力に限定されていることは、コミュニティー・ラジオの発展にとって大きな障害となっている。たとえば「FM京都(αステーション)」は京都市及びその近郊50-60キロのエリアの送信に対して出力3キロワットが確保されている。それに比べて「京都三条ラジオカフェ」は中京区、下京区を中心にした10キロメートルほどの範囲に電波が届くというものの、弱い出力のため中心部もビルの林立するところでは聞き取りにくいところが生じる。あるいは大阪の局ではあるが周波数が近接しているFM802 にかぶってしまうという現象もある。20ワットでは新たに合併して広域化した市町村の場合、エリアをカバーできないということも起きる。
 ビル陰難聴の解消を図り、市町村広域化に対処し、実質的な地域メディアとしての効果を発揮するためには、20ワット上限を、100ワットぐらいにする出力増を行政に働きかけ、実現する必要があるだろう。
 
 えっ!、デジタル・コミュニティー・ラジオが?
 行政上のことでいえば、コミュニティー・ラジオにとって新しい問題も浮上している。それは総務省が、テレビデジタル化後の空き周波数の活用の一環として、半径10キロメートルをサービスエリアとするデジタル新型コミュニティー放送をケイタイ端末に向けに新設しようとしている点である。
 アナログ波のコミュニティーFMはすでに16年の歴史を持つ。このメディアの新しい発展形態を考えることなしに、マルチメディア向けのデジタルラジオを発足させることにははたして整合性があるのだろうか。デジタル波と携帯によるコミュニティー放送の計画を推進する前に、現在のコミュニティーFMについてその存在意義を再確認し、さらに定着、活用を図る政策立案が必要だと私は思う。
 総務省ではさらに、現在の放送、通信、電話等に係る法体系を再整理して新しい「情報通信法」を策定する準備を進めている。これについてはメディアの持つ公共性を重視し、国民の側のコミュニケーション権を確立するという前提が必要だという動きも起きている。( Comrightsというインターネット上のグループの活動を参照されたい)。
 地域住民と密着したところで放送を続けてきたコミュニティー放送の動きを極めて公共性の高いものととらえる必要があると思う。コミュニティー放送が事実上地域社会の市民の情報権を保障している唯一の存在だからだ。
 ヨーロッパでは非営利コミュニティー放送に対してその公共性ゆえに、さまざまな形での財政支援が行われている。ドイツやフランスでは受信料の一部、あるいは民放やケーブルチャンネルの広告収入の一部がコミュニティー放送の財源に使われるという制度が定着している。
 日本の場合多くのコミュニティー・ラジオが十分な財源を持たず苦労しながら、あるいは身銭を切りながら支えているという状況が続いている。コミュニティー・ラジオが持つ地域社会の情報回路としての公共性に着目した場合の財源について、制度としての何らかの措置を講じる方法が検討されてしかるべきだろう。

 大学ラジオ、病院ラジオはできないか
 前述したように「京都三条ラジオカフェ」では大学生の参加が活発だ、またこの局の市民レポーターの一人鎌田智宏さんという看護師がいる。彼は病院ラジオを開設したいという志をもって参加、「FM看護系ナイト」という番組を放送している。
 そこで私の提案だが、コミュニティー・ラジオのコンセプトを広げ、大学ラジオ、病院ラジオを作ることを考えたい。大学も、病院も人々が集まり、集団で生活しているという意味で、地域を面とするコミュニティーとは別の、社会的コミュニティーと考えることができないだろうか。
 大学ラジオ、病院ラジオは外国に先例がある。
最も歴史のあるアメリカは1960年FM放送開始と同時にキャンパスラジオ免許が交付されている。現在全米に500以上のキャンパスラジオがあり、多くが公共放送協会(PBS)に加盟している。キャンパスラジオを対象とするヒットチャートCMJ200は新しいミュージシャンを掘り起こすことに定評があり、音楽業界が最も注目しているという。イギリスは学生ラジオ協会加盟177局、カナダの大学ラジオ局は58局ある。そして全国組織である大学、コミュニティー・ラジオ連合が存在し、一般のコミュニティー・ラジオと大学ラジオは席を並べている。
 病院は患者のラジオ接触率がもともと非常に高い。病院向けの独自のラジオ放送が最も進んでいるイギリスの場合、病院放送協会加盟は228社、一日の放送時間は18,800時間に達している。
 アメリカでも病院組織が運営するラジオがあるが、長期療養型の病院では入院患者が自主的に運営するラジオも見受けられる。
大学ラジオや病院ラジオにこだわるわけではないが、コミュニティーの概念を広げ、日本のコミュニティー・ラジオに新しい発想を持ち込むことが、行政、市民双方にとって必要なのではないかと私は思う。 以上


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2009年03月04日

アメリカが変わる、日本が変わる     米大統領選オバマ候補圧勝の影響を考える

 アメリカが変わる、日本が変わる
    米大統領選オバマ候補圧勝の影響を考える  隅井孝雄

 以下は2008年12月6日コープイン京都で行われた「アメリカと日本を語る会」での講演内容である。

 オバマ大統領、考え抜いたアメリカ市民
 11月5日未明、バラク・オバマが大統領選で圧勝、同時に行われた上下両院の選挙でも民主党が多数を占めた。オバマに投票したアメリカ国民は7日の集計で53%およそ6452万人、マケインは46%、5678万人、投票率は61%を超えた。投票人口は最終的には1億3400万人に達するとみられている。アメリカでは1968年のニクソン1期目が62パーセントだったのを最後に投票率は低迷を続け、一時は52%台まで下ったこともあった。今回60%を超えたことは30年ぶり、有権者の関心が高かったことを示している。特に注目されるのは事前投票者が2350万人、投票総数の3割にも達したことである。
 11月4日夜のオバマ勝利演説は7857万人が視聴した。これは北京オリンピック開会式視聴者の2倍以上である。オバマやマッケーンの党大会の演説などはいずれも人気番組を上回る視聴者数だった。
 CBSが11月16日、当選後に放送したテレビ番組は視聴者2510万人。これはCBSにとって今期のすべての番組を上回る最高視聴率である。
 政治番組、ワイドショー、コメディー番組などが繰り返し大統領選挙を取り上げ、コマーシャルは、両陣営が集めた選挙資金10億ドルのうち3億ドルが投じられ、候補者の主張が展開された。
 またインターネットでは、若者たちがフェイスブックなどのソーシャル・ネットワークで討論の輪を作り、候補者への支持を訴え、集会が開かれるとかれると相互に誘いあった。
 また各候補への支持を訴える動画投稿サイトも活発で、多くの市民が自らの意見を表明する動画を制作、それを多くの市民が目にした。
 アメリカの選挙制度は、選挙運動の自由の幅が広く、だれでもが自由に討論に参加し、支持候補に献金し、ビラを配り、会合を開き、話あう。
 こうした1年半の議論の中で、迷いに迷い、考え抜いた末、アメリカの市民はついに初の黒人大統領、イラクからの撤退を訴える大統領を生み出したのだといえる。

 世界も変化する
 オバマ大統領の誕生はアメリカに変化をもたらすだけではない。世界に変化をもたらす可能性がある。1990年代ソビエトと東欧の社会主義体制の崩壊以来、アメリカは唯一の超大国として世界に君臨したが、8年前に誕生したブッシュ政権は、市場経済の重視、大企業の優遇、金融と取引の自由化などを推進する一方、9.11テロを口実に、国連を無視し、根拠なくイラクに踏みこみ、軍事力と経済力で世界を支配しようとした。
 オバマ新大統領は軍事力優先、大資本優先の政策を改め、あらためてロシア、イラン、を含む世界各国とも話し合い、国連を重視する姿勢を打ち出している。
 もともと世界経済を混乱に陥れている元凶はマネーゲームに走ったアメリカであることを考えれば、オバマの政策は世界各国にとって受け入れやすいものであることは明らかだ。世界の国々がオバマの誕生を歓迎するのは当然だといえよう。
 この8年間、アメリカは世界から嫌われ、他国の主権を蹂躙し、世界に混乱を引き起こす中心的存在だったが、今回の選挙によって、アメリカの市民は、アメリカが民主主義国家であり、民主主義の原則に立って行動することを世界に示した。これが世界の共感を呼んだのであり、新しい期待の持てる世界秩序の再構築につながるのではないかとみられる。
 
 経済政策転換、核廃絶も視野に
 最大の問題点は経済対策だが、企業の活動を最大限自由にして活力を生もうとしたブッシュ政権の新自由主義経済に対し、オバマ政権は野放しの企業活動に制限を加え、大企業や富裕層の課税を増やす一方、中産階級、貧困世帯の減税、福祉に取り組むことになろう。
 株や投機などのマネーゲームではなく実質経済、つまり物を作り、社会的なインフラを建設することで、資本の循環と雇用の拡大をはかり、経済の回復を実現しようとしている。
 イラクからは期限を設けて段階的に撤退するが、テロに対しては断固として立ち向かう姿勢を放棄せず、アフガニスタンのアメリカ軍を増強するとしている。 環境問題では、石油の中東依存を減らして無公害自動車の増産など代替えエネルギーを大胆に増やすことによって雇用も増大させ、経済を活性化する計画だ。ブッシュ政権が進めていたアラスカの地下資源開発や、原発新規建設には歯止めがかかる。
 国際的には、食糧などの自由化よりも国内生産を重視し、国連との関係を改善、また軍事力依存ではなく、イランなどとも対話を行うことを表明している。
 さらに注目されるのは、アメリカの大統領として初めて核廃絶を目指していることだ。
 オバマとアメリカ民主党は、核抑止政策と決別して、核廃絶を目指すことを初めて打ち出した政権となる。すでにペロシ下院議長は2008年8月、広島を訪れてそうして核についての新政策を表明している。
 唯一の被爆国である日本は、核廃絶の国際世論を作り上げる行動に立ちあがる好機が来たことを認識し、核廃絶に向けての国際的な中心勢力としての自覚を持つことが極めて重要であると思う。

 どうなるイラク、アフガニスタンは増強するが
 問題はイラクからの撤退がスムースにいく保証はないという点である。イラクをイラク政府に任せるというのは正論であるにしても、イラク政府は実力が不足している。イラクが再び混乱に陥ることもありうる。
 イラク復興のためには、国際社会の協調は必要不可欠である。それにはロシアやイラン、中東各国の非軍事的な協力も必要である。日本も非軍事的なイラク支援を強める必要があるだろう。
 続投が決まったゲイツ国防長官はブッシュ政権の閣僚ではあるが、もともとはイラクの現状を再検討するための有識者検討委員会のメンバーで、撤退の方向に向かうことを提言した一人である。またヒラリー・クリントン国務長官はイラク開戦に賛成したとはいえ、撤退を視野に入れて、世界各国とも協調して行動するものとみられる。
 しかしオバマはアフガニスタンへ軍事力を増強し、タリバンやアルカイダ、ビンラディンと戦うことを表明している。イギリス軍はタリバンの掃討が成功することに懐疑的であり、一部ではタリバンとの交渉を唱える専門家もいる。アフガニスタンが泥沼に入り込む危険性があり、オバマは果たして和平への道を開けるかどうか全くわからない。おそらくアフガニスタンに関しては日本の軍事的協力を求めるだろう。彼にとって日本の米軍基地はアフガニスタンへの進攻の拠点として重要視する可能性がある。そのとき日本政府はオバマ政権に追従するのか、対等な立場で提言し、性急な行動をいさめる必要があるかもしれない。
 こうした状況の中、11月下旬インドで大きな規模なテロが発生した。パキスタン国内のテログループによるものとみられている。問題は国際協調でテロにどうやって対抗するのかについて、確たる見通しは立っていないことだ。これはアメリカ、オバマ政権だけの問題ではないだろ。
 日本はこれまでと異なった姿勢でアメリカと向かい合い、オバマ政権への非軍事的協力、協調を図り、世界へ向けて提言を行うべきである。
 
 政治混迷の日本だが、
 ところで日本では現在年金など社会保障が混迷の中にある。非正規雇用、差別雇用は日本の伝統的な技能やノウハウの積み重ねを崩壊させた。食糧自給率の低下も著しい。
 しかし日本の市民はバブル崩壊のあと、マネーゲームの危うさを実感し、着実なものづくりの必要性を実感し、安全安心の地域農業振興の必要性を痛感し、地産地消の重要性を認識し、京都議定書に基づく温暖化対策を着実に実践している。
 また武力に頼らない国際貢献を目指す若者の動きも活発だ。今多くの若者や退職者が、世界の貧困地帯、紛争地帯で地道なボランティア活動を行っていることは国際的な注目を集めている。金融機関も危ういハイリターンのデリバラティブ系の金融商品や投資を遠ざけ、堅実志向が主流だ。そのためアメリカから始まった金融崩壊には本来強い抵抗力を保持しているとみられる。
 しかし政治的、経済的にアメリカ依存の構造に組み込まれていることから、日本もまた景気後退の波にのみこまれそうになっている。
 アメリカ経済とは一線を画し、対等で自主的な経済運営、政治展開が今こそ必要だと私は思う。その前提条件として、不安定で国民の支持を得ていない政府が交代し、民意を反映し、地についた経済政策を持ち、アメリカとの対等平等な関係を打ち立てることを目指す政府を樹立する必要がある。
 国連、IMFなど国際機関と提携し、世界をリードする指導力を発揮すべきではないか、また平和主義の原則で国際紛争解決の努力を行い、中東、アフリカ南米、アジア諸国と提携を進めることが望まれる。特に北東アジア諸国、韓国、中国との関係改善は重要だ。
 最近のBBCの調査によれば日本は日本の持つ潜在的力、個人の社会的行動、文化力(ソフトパワー)、あるいは企業活動、開発地域に対する財政的、人的援助、環境保護努力、NGO活動に対する評価などはドイツに並んで高いという。ある意味で世界のロールモデルとして尊敬を集めるようになっているのだ。

 アメリカニュース誌が褒める日本は?
 最近世界110カ国とともにクラスター爆弾禁止条約に日本政府も賛同した。長年禁止のために活躍してきたNGOに抗しきらなかったためであり、運動の成果である。最大の保持勢力アメリカ、中国、ソ連はス参加だが今後は国際世論の前に使用に歯止めが加わるものと思われる。
 2008年12月1日号のニュース週刊誌Time(アジア版)は「日本の国内政治は混迷しているが、海外では日本は尊敬を集め始めている」という特集記事を掲載した。NPOで国際貢献に活躍する日本人が世界の貧困地帯に数多く見られ、重要な経済援助も続いている。60年前の反省から行動は控えめだが、今や世界の安定に欠かせない存在になっている、エコカーの開発などで強力なグリーンパワーとなり、ニンテンドウ、ポケモンなどの文化力でも、アジア、オセニアで人気を博している、と解説している。
 また2008年12月3日号のNewsweek( 日本語版)では「日本企業の逆襲」という特集を掲載した。「バブル期世界経済を支配した気分に陥っていた日本企業は、その失敗を教訓にした」とする同誌は、日本企業がマネーゲームに加わらず、長期的な視野で経営に当たり、いるため、世界的な金融危機の影響が少なく、円高が海外への新たな進出への追い風になっている、と分析している。特に、食品、飲料、薬品などが不振にあえぐ海外企業に対し、M&Aや提携で手を差し伸べ歓迎されている、たとえば食品関連のキリンやカゴメは食と健康というコンセプトをアジア、オセニア各地域で広げていて注目される、などと記述した。

 野党の第三勢力に期待する
 日本の政治が流動化している。極度の不人気に陥っている自民党政権はいずれ瓦解し、当面民主党に政権が交代することが考えられる。しかし、民主党には自民党に近い勢力もあり、たびたび妥協的な行動に落ちかむこともしばしばだ。
 私は政権交代が国民の生活を守り、日本を混迷から救い出すためには、共産党を中心に、社民党などの野党が議席を拡大し、さらに市民派、無党派勢力も結集し、理論的に、政策的に影響力を持つことが必要だと思う。こうした第三勢力が、野党陣営をリードするような体制を確立し、民主党を引きよせるという力学が必要だ。
 今の政治転換を望む多様な政治勢力の下での野党勢力の提携という方向が目指されるべきである。それ抜きに単なる政権交代であれば同じことの繰り返しとなるだろう。
 二大政党の下でのアメリカは共和党から民主党への政権交代であったが、オバマは党派主義を排し、変化するアメリカを実現するため、あえてすぐれた政治指導者を結集する多数派の新たな結集に力を注いでいることは日本にも大いに参考になりうる。




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2009年02月27日

21世紀新映像時代

 21世紀新映像時代、隅井孝雄
 これは2008年11月28日、有馬温泉かんぽの宿で開催された近畿民放OB会における講演の一部である。

 インターネット映像社会
 アメリカのYouTube上に、イラクで戦闘に参加する兵士の画像がひんぱんに投稿される。
 そのサイト「ブラックファイブ」には息を殺すような緊迫感が充満している。今そうした戦場映像はアフガニスタンに移った。いずれも既存メディアが撮影しようにも撮影できないものばかりだ。シカゴ警備会社に勤務するマイケル・バーデンは元兵士、湾岸戦争にも参加した。戦場から来る映像を編集しインターネットにアップする。
 アメリカではYouTubeやiPodの登場によって、目を見張るようなメディアとインターネットの融合が起きている。
 たとえばYouTubeの場合画面には様々な市民からの投稿と並んでテレビ番組のクリップ、あるいは番組そのものも並ぶ。NBCテレビなどネットワークもYouTubeと契約し、活用を図っている。クリックする数百万人、数千万人が存在し、番組本体の視聴に誘導することが可能だからだ。日本のテレビ局が著作権侵害だと恐怖感を抱いて毎日必死に削除要求リストを作成し、その数が一月に1000件、2000件に上る、という状況とは大いに異なる。
 今やインターネット上ではアメリカのテレビニュースや番組がふんだんに見られる。アメリカのテレビが5年も前から積極的に打って出ているからだ。ニュース映像ではテレビ局のサイトとYouTubeのサイトは相補っているとみてもよいだろう。
 私の見たところ、アメリカのテレビメディアはインターネットを取り込むことによってメディアの基幹的存在であるいう地位を保とうとしているようだ。
 アメリカのCBSテレビは最近Digというインターネットニュースサイトと提携した。サンフランシスコにあるDigには300万人の利用者がある。インターネット上の投稿ニュースサイトだが、ニュースのランキングをユーザーが決める。ここではニューヨークタイムスも、個人のブログも同じ価値で扱われるのだという。
 速報性のあるニュースがインターネットをにぎわすことがある。ロンドンの連続テロもDigが最も早く報じた。このような仕組みのサイトと提携することによってCBSはニュースソースを市民に求めることが可能になり、より市民の感覚に近寄ったニュース編成ができると考えている。
 CNNは投稿動画のニュースへの取り込みにきわめて熱心である。ミャンマーからいち早く抗議デモの様子が送られてきた。旅行者がハンディービデオカメラで撮影、インターネット経由で送信したのだ。投稿専門のセクションも作られた。イラクの最前線から映像もある。放送の妥当性や正確性にを保つための最大限の努力が繰り返されている。
 ABCの場合、インターネットを活用したニュースサービスの拡大を他局に先駆けていち早く行っている。インターネットのニュース配信サイトABC News Now。一時間ごとの更新で、夕方のテレビニュースより3時間早いダイジェストもある。ABCのニュースサイトにアクセスすれば、すべてのニュースを見ることができる。
 NBCでもガソリンスタンドやタクシー、スポーツジムにもネット経由のニュースを配信しているが、最近はどこのネットワークでも番組の視聴率はこうしたネットアクセスも含めてカウントするようになった。
 BBCがインターネット経由で流し始めているiPlayerも好評で20万人、30万人のアクセスがある。過去のアーカイブ番組だけではなく、見逃した番組が3日後には見ることができる。
 
 メディア新時代と情報通信法
 21世紀に入って、メディアの世界は大きく変化している。デジタル化が急速に進み、インターネットの威力が増大しているからだ。2008年の広告費で見ても、インターネットに投下される広告費は6000億円に達した。雑誌とラジオの広告費合計6200億円にほぼ肩を並べる。
活字系のメディアではインターネット上のブログ、検索メディアが台頭している一方、、新聞自体もインターネット上の情報提供に積極的に乗り出している。その結果アサヒコム、毎日JPなど大手新聞系のニュースサイトは常にアクセス数で上位にある。
 テレビでは1996年初頭のCSデジタル開始時48だったチャンネルは2007年454チャンネルを数える。ワンセグによるケイタイ送信は2008年春以降、新たな独立利用チャンネルの増加が見込まれ、BSデジタル放送もまたビッグカメラ系の「日本ビーエス」、伊藤忠系の映画チャンネル「スターテレビ」、三井物産系の「ワールドハイビジョン」など新しい放送事業者に開放された。多チャンネル時代はさらに広がりを見せている。
ブロードバンドの普及が2007年に50%をこえたこと、YouTubeのような動画サイトの人気が急上昇、音楽配信であったiPod、iTuneもハリウッド映画やテレビドラマを流す。インターネット経由で映画、テレビ番組、テレビニュースに接する動画視聴は増大の一途をたどっている。
 ラジオもまた現在のAM、FM、短波に加えて新しいデジタルラジオが開始される見込みだ。2011年以降は全国9、地域11のデジタルラジオチャンネルが想定されている。
 こうした中で政府は地上放送、衛星放送、電話とブロードバンド回線、インターネットなど全面デジタル化しつつあるメディアを一体化してコントロールする新たな「情報通信法」を準備している。今までのように放送と通信というように縦に分けて考えるのではなく、情報内容(コンテンツ)、情報伝達手段(プラットフォーム)、通信網や放送網の設備(インフラ)の三層に横断的に分け国の管理に組み入れる考え方だ。
 放送だけではなくインターネット経由であっても、多くの人々に視聴されるものは、影響力が大きいとして政治的な公平、正確な報道など規制の対象にすることが考えられていることから議論を呼んでいる。またホームページなど誰でも発信できるインターネットやケイタイではポルノ映像、有害情報の規制も強化される模様だ。
 こうした制度変更は「情報通信審議会」の論議を経て、2010年に具体化されようとしている。民間放送連盟や経団連では「影響力の大きさ」というあいまいな根拠で内容規制を行うことに反対、新しく増えつつあるメディアは規制を緩和して自由度を高めるべきだとしている。特にインターネットに現在の地上波と同様な内容規制がかけられることについての反対意見は強い。またComRightsと名乗る市民メディアグループは情報通信方を白紙に戻し、ヨーロッパなどで制度化されている市民の情報主権を制度化し、市民メディア、地域メディアを推進しようと活発な運動を展開している。
 こうした動きに先立って政府は2007年10月に現在の放送法を改正した。それによると以下のようなことが新たに決まった。
 NHKに監査委員会を新設し、経営を監視、監督する体制を強化する、新しく外国人向けの国際テレビ放送をNHKが始める。その番組制作は新しく作られる法人に委託する。NHKのアーカイブに保存している番組をブロードバンドで有料提供することを認める。民間放送の経営効率化を図り、資金調達を容易にする目的で複数の地上放送局(12局まで)を子会社に出来るよう「放送持ち株会社制度」を作る、などである。
 NHKと民放はこの改正でますますメディアの中での独占的地位を高めていくことになるだろう。特に民放では地方局が東京、大阪のキー局の傘下に組み込まれることになり、民放の特質であった地域性は影の薄いものとならざるを得ない。
 この流れの中で、「国際放送は公益重視で行くべきだ」(古森NHK経営委員長)、「朝から晩まで厚労省を批判している。何か報復でもしてやろうか。例えばスポンサーにならないとかね」(奥田トヨタ自動車元会長、厚生労働行政懇談会座長)など、メディア統制の発言が次々に出ていることは見逃せない。

 ネット社会の中のアメリカメディア
 アメリカの脚本家組合が敢行したストライキは2007年11月から2月までの3ヶ月間にわたって続いた。コメディショー、視聴者参加のタレントショー、プライムタイムの人気ドラマなど70以上の番組が中止され、新作映画の制作もストップした。ハリウッドとテレビ局が受けた経済損失は実に30億ドル(およそ3200億円)に達する。紛争の焦点はインターネット、ケイタイ、iPodなどでのストリーミング配信やダウンロードの二次使用料の配分だったが、結果脚本家側は収益の2%を手にすることになった。
 アメリカでは 2009年のテレビ放送全面デジタル化を目前にしている。現在すでに多くのテレビ番組がほぼストリーミング形式でインターネットに流れ、iPodに流れている。アメリカのテレビ局はYouTubeへの映像提供も積極的に行っている。主要なテレビニュースはインターネット上でさらに情報を付加したものを見ることが出来る。アメリカのメディアはインターネットを新しいアウトレットとし、新しい広告収入、視聴者獲得の手段として積極的に打って出ているのだ。
 アメリカの基幹テレビネットワークがインターネットへの参入、取り込み、提携に極めて熱心であることは前述した。
 アメリカのネットワークテレビニュースは全盛時に比べ視聴者が30%以上減少した。しかしネットワークは依然としてメディアの主流、機関であり、ネット上の視聴と合わせて、支配的な力を行使している。
その一方インターネットによって傷も負っている。
アメリカテレビ界のトップアンカーといわれたダン・ラザー(CBS)が2005年3月ニュース番組の中で自らの過ちを認め「アイム・ソリー」と謝罪し、辞任した。その前年ブッシュ大統領の軍籍に関する報道で証拠にした文書が虚偽であるとブロガーに指摘されたことが命取りになったのだ。
 2005年1月世界経済フォーラムの席上CNNのイーサン・ジョーダン報道局長はアメリカ軍がイラクでジャーナリストを標的にした可能性について述べた。この発言の現場にいたブロガーがその場で発信、全米のブロガーの集中砲火を浴び、彼もまた辞任に追いやられた。
 この二つの事件は、ブログが既存大メディアをも追い落とす存在になった実例として繰り返し語られている。しかしこれを単純に既存メディアと新興インターネットメディアの角逐と見ることは間違っている。私は当時二期目を狙うブッシュ新保守主義勢力のメディア攻撃が激しく展開されており、ブッシュ政権やイラク戦争に疑問を呈するメディアの追い落とし、姿勢転換を迫る動きがつよまっていたことが背景にあると見る。

 新聞もウエッブ進出で生き残りを図っている。アメリカのウエッブ上のニュースサイトのビジター数ではニューヨークタイムスが3500万を超えダントツである。CNN、MSNBC、ABCなどがそれに続く。Yahooやグーグルのニュースサイトも人気はあるが、独自の取材があるのではなくソースは既存の新聞、テレビに他ならない。数少ない有料電子版を持つウォールストリートジャーナルは100万人の契約者がいる。新聞全体では読者の減少がみられるものの、有力紙はインターネットに進出し、新しい読者を開拓している。

 日本のメディアの衰えぬ力
 日本では新聞、放送はじめとするマスメディアは依然として産業として強固な基盤を持ち、社会的な影響力も強い。新聞の発行部数6900万部、1000人あたりの普及631部、購読世帯5000万世帯、宅配率99%(いずれも2007年)という普及データーは世界に類例のないほどの高さである。部数は2000年に比べ200万部(朝刊、夕刊あわせ)減少したものの、宅配率は上昇し94パーセントを超えている。ちなみにアメリカの人口1000人あたりの部数は295、総発行部数は5800万部である。(資料は日本新聞協会)
 日本の場合の放送の経済基盤は強固なものがある。NHK受信料収入は年間5960億円(2007年)、ラジオ、テレビ合わせた民放の広告収入は2兆1905億円である(いずれも2007年)。
NHKと民間放送という放送の二元体制、新聞による民放ネットワークの掌握と再販価格維持制度、宅配制度という仕組みによって新聞産業と民放産業は戦後から半世紀の間に社会的影響力を拡大したのだと私は見る。そしてその力はインターネット時代、デジタル時代の現在も衰えてはいない。
 たとえばテレビの一日の視聴時間はNHKの調査で3時間53分(2007年)である。2000年も3時間53分であり、多少の上下はあるものの、80年代、90年代、2000年代を通してほぼ同じ水準を保っている。インターネットの接触時間は電通の調査によれば2000年8.4分が2007年3.5倍増えたがそれでも30.6分に止まっている。
 この状況について電通は「昨今のネット万能論、テレビ崩壊論はメディア接触データーを冷静に見る限り言い過ぎの感がある」(電通常務松下康氏)としている。
 テレビの視聴者、視聴時間が減らない、社会的影響力も保持し続けている理由の一つに、NHK、民放の番組開発の努力が挙げられる。
 ニュース報道ではNHKの定時ニュースやNHKスペシャルに見られるオーソドックスな客観報道と報道ステーションなど民放に見られるある種の激しさの並立を視聴者は歓迎しているものと見られる。民放の一連のワイドショーの世論効果もさることながら、最近人気のエンタメ型報道番組(たとえば「たけしのTVタックル」、「サンデージャポン」、「太田光の私が総理大臣になったら」など)が従来型の報道番組に代わって世論形成の主役になる傾向もある。報道性、娯楽性に裏情報も加味しているこれらの番組が人々の興味をつなぎとめ、時として小泉劇場、郵政選挙の時のような巨大な社会的波及効果をもたらしてきたといえるだろう。
 市民メディアの一環としてのインターネット新聞も、オーマイニュースやジャンジャンが健闘しているとは言うものの、主流メディアに対抗し、拮抗する存在には育っていない。メディアへの参入を試みたライブドアや楽天は阻まれた。その一方、主流メディア本体は、インターネット進出を試み、着々と地歩を築いている。
 2007年10月、読売、朝日、日経三紙が提携して社説、主要記事読み比べや、新しい共同配信ツールをウエッブに提供する。このサービスについて新聞各社は「ネットメディアにおける新聞社の影響力を高める」(日経杉田亮毅社長)、「インターネットを活用し、ペーパーの新聞を断固維持する」(内山斉読売新聞社長)と意気込んでいる。
 三社のサイトはグーグルと提携しているが、毎日はヤフーや楽天と提携する毎日JP、産経はマイクロソフトと組んだMSN産経ニュースで、それぞれがインターネットを抑えている。

 融合の行方は果たして・・・・
 インターネットへの進出融合では、掛け声は大きいが事実上まだ模索が続いている。
 CBCの特集番組「赤道大紀行」は視聴率11%で好評だった。この番組のための膨大な撮影ビデオを組み入れて月2のインターネット向け放送を動画サイトとタイアップして取り上げたところアクセス数が11万件にも達した。放送がインターネットと連動した成功例である。
 しかし全体として日本の場合はまだ試行錯誤が続いている。レギュラーニュースの衛星やケーブル送信は活発だが、アメリカのようにインターネット上でのニュースの再送信、あるいはインターネット向けのフルバージョンはない。
 ワンセグに一応サイマルの形で流れてはいるが視聴者の数は少ない。iPodのようにプライムタイムのドラマを選んで流すということになっていないため、社会的なインパクトには程遠い。
 インターネット系のテレビ送信はGyo(登録会員数1700万)、第2日テレ(登録会員60万人)、アクトビラ(会員数5万)、ニコニコ動画(有料会員17万4000)などがある。しかしビジネスモデルとしては確立しているとは言い難い。その他フジテレビオンデマンド、TBSオンデマンド、テレ朝BBなどは発信する番組がすくないため、ただやっているだけとみら手も仕方ない現状である。
 これまでインターネット配信から事実上締め出されていたNHKは2008年に入って何階の「アーカイブ再送信」を始めた。NHKが満を持して開始したのオンデマンド、アーカイブには見たい作品が多数あり、今後の展開が注目される。

 新聞とテレビが、ジャーナリズムの基幹的部分を担う決意を持ち、メディア文化、映像文化の分野でもこれまでの蓄積の上に立って、大衆性を持ち、かつ良質な文化を提供する努力を傾倒する必要がある。その上でインターネットへの進出、新しいデジタルモデルの確立定着を図るべきであろう。
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市民メディア豊かな可能性、京都で交流集会、1000人が交流、

市民メディア豊かな可能性、
京都で交流集会、1000人が交流、     隅井孝雄

これは日本ジャーナリスト会議が発行する「ジャーナリスト」第507号、2008年10月25日に掲載された

 何らかの形で情報発信している個人、グループ、団体が集まる市民メディアの全国集会が9月13,14の二日間京都で開かれた。名つけて「京都メディフィス」。会場は京都の中心部木屋町の高瀬川沿いに元立誠小学校と三条御幸町の1928ビル(元毎日新聞京都支局)など。
京都メディフェスには予想を超える1200人以上の参加があった。インターネット新聞、情報通信法、韓国のキャンドル集会とメディア、など堅い話題から報道被害屋敷(廊下を通ると報道被害に巻き込まれる)など意表をついた催しもあり、熱気を感じさせた。
 京都新聞、毎日新聞、共同通信などのメディア取材のほか、スティッカムによるネット中継もあり、グーグル検索6万件以上、ブログ掲載293件あったという。市民メディアがメインストリームに拮抗することを予感させるに十分な集会だった。
 京都に住む私は実行委員会に名を連ねることとなり、一日目は各地から集まったコミュニティーメディアの会合に出席、二日目は関西のテレビ各局の制作関係スタッフと市民の対話の司会役となった。

 「がんばれコミュニティーラジオ」
 最近コミュニティーラジオの中が非営利法人(NPO)として設立される例が増えている。2003年に京都三条ラジオカフェが旗揚げしたのに続くものだが、現在220局あるコミュニティー放送のうち12局がNPO。商業局の形をとっていても、事実上市民の手で運営されているところも多い。
 全国から駆け付けた20以上の局の人々を含めた60人あまりが、畳の会議室で車座になって熱心に討論した。故郷奄美に帰って昨年ラジオ「ディ・ウェイブ」を立ち上げた麓憲吾さんは「運営は厳しいが、地域への愛があれば乗り切れる」と語った。この気持ちは全国のコミュニティーラジオの関係者に共通のものだ。私は、「メディアが大きく変化している。もう一度コミュニティー放送を取り巻く制度、周波数、出力などを見直して、全国1800市町村にくまなくコミュニティーラジオを作る動きを起こす必要がある」と発言した。
 この会合ではスカイプでフランス、リヨンのコミュニティー局、ドイツのオープンチャンネルなどと映像を結び対話した。市民メディア、コミュニティーメディアは世界とも連携しうることを実証したといえる。

 「マスメディアと市民」
 朝日放送、読売テレビ、関テレ、KBSなど関西各局の報道や制作現場で日夜奮闘している中堅が顔を揃え市民と対話するという画期的な試みが行われた。視聴者との連携を強めるセクションや番組があるという関テレの報告が参加者の関心を集めた。また倒産の危機を経験したKBSが労組の踏ん張りで市民の支持をえて再生したことも必ずしも全国的に知られているわけではないだけに、驚きを与えた。
 最近放送局には抗議や問い合わせの電話が殺到しているが、「必ずしも両者が緊張関係にあるとは言えない、むしろもたれあいだ」という奈良産業大学の亘教授(元毎日新聞論説委員)の発言が私には新鮮だった。私はこのシンポジウムの司会をしながら、メディアと視聴者、読者の間にかけ橋をつなぐためには、まだまだやらなければならないことがたくさんあると痛感した。
posted by sumiitakao at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月26日

非営利市民放送とマスメディアを考える その五

 非営利市民放送とマスメディアを考える その五 隅井孝雄

 以下の論文は2008年9月に発刊された「非営利放送とは何か、市民が創るメディア」に掲載された私のロングンである。5回に分けて掲載する。今回はその五

 第五節 メディアのこれからを考える

 広域メディアからの転換は可能か
 かつて私が住んでいたアメリカでは、新聞は行政区を単位にして発行されている。ニューヨークタイムス、ボストングローブ、ロサンゼルスタイムスなどの名称を見ただけでそれは明白だ。放送もほぼ市を単位にした置局制度がとられている。車で30-40キロ走るとそこには隣接した市のラジオ、テレビが待ち構えている。さらにラジオは一つのマーケットに20-30局がひしめいているため、パブリックな局、市民アクセス用のラジオも存在する。アメリカ全土に13,748の地上波ラジオ局、1,747の地上波テレビ局が存在している。ラジオ101局、テレビ126局という日本と比べいかに多くの局がアメリカにはあるかがわかる。
 日本のメディア構造を新聞で見れば、全国紙、都道府県単位の地方紙のほか東北、中部、九州など複数県をカバーするブロック紙に大別される。市町村単位の情報は2-4ページの地域版に限定される。NHKも全国放送と都道府県地域放送局の二段構え、民放は全国ネットワークと都道府県単位の地方局、大都市近郊の広域UHF局に分かれる。
 日本の主流メディアには市町村単位の地域情報が視野からほとんど脱落している。そして市民が直接参加し、発言することを容認するメディアも存在していない。受信料で運営されているNHKですら、市民の放送、番組への直接参加に門戸を開いていない。
 2006年6月、受信料不払い急増の中、NHKの再生を探ろうとした「NHKデジタル時代懇談会」は次のような提案を行っている。「単に視聴者の意見を汲み上げる努力だけではなく、視聴者参加のパブリックアクセス番組の開発と提供も積極的に模索されるべきである」。
 しかし残念ながらこの提案は実っていない。(私の知る結いつの例外はKBS京都放送のラジオの場合だ。土曜日朝10分間のアクセス番組があり、年間10回ほど放送されている)。
 デジタルという新しい情報技術を手にしたメディアが、あらためてきめ細かく地域、市民と密着したメディア機能を強化することは可能なはずだ。またデジタル化で単一チャンネルを3チャンネルに分割できることを考えれば、アクセスチャンネルを設定することも難しいことではなくなる。既存メディアが巨大化と商業化の追求という方向を転換し、市民社会に顔を向ける姿勢を持つことが求められる。

 コミュニティーラジオ発展の方向
 京都コミュニティー放送(京都三条ラジオカフェ)のような非営利地域FMは既存のメディアの欠落している機能を担う存在として大きな社会的意義を持つといえるだろう。
 今のところコミュニティー放送は出力が20ワットに限定されているため、メディアとしての訴求力に弱点があるが、大都市以外の市町村にじわじわ広がり始めている。
 2008年4月末の時点でコミュニティーFM局は総数217局、うちNPO局11局である。2004年以降の新規参入は45局を数える。
今後コミュニティーラジオの新しい発展を考える場合、制度的見直しも必要だと思われる。たとえばFM波の置局計画を規制緩和の方向で見直し、出力を増強し、局数を大幅に増やすという行政上の措置も必要になる。デジタル放送波を地域ラジオにも割り当てるといった制度の転換も考えられる。また地域メディアとしての公共性を踏まえ、なんらかの公共的財源を投入する仕組みを作ることも必要ではないだろうか。音楽著作権が緩和され、コミュニティーラジオがインターネット上に広がれば、新メディア時代の新しい可能性も広がる。
 200を超える地域ラジオはそれぞれが日々苦闘しながら放送を続けている。もし条件が整備され、その重要性への認識が広がれば、日本全国の市町村に広がる可能性がある。
 2008年現在全国には1800の市町村がある。このすべてに複数のコミュニティーラジオができるということになれば3000あっても、5000局あってもおかしくない。
 コミュニティーという概念を生活の場ととらえれば、大学、病院などに拡大することも考えられる。アメリカやイギリスでは大学単位、あるいは大きな病床を持つ病院単位のコミュニティーラジオが盛んだ。日本でも大学ラジオ、ホスピタルラジオという新しい展開を考えてもいいのではないか。
 私は地域メディアの重要性を発揮できる可能性は目の前に大きく広がっていると考える。
posted by sumiitakao at 23:01| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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