2009年02月26日

非営利市民放送とマスメディアを考える その四

 非営利市民放送とマスメディアを考える その四 隅井孝雄

 以下の論文は2008年9月に発刊された「非営利放送とは何か、市民が創るメディア」に掲載された私のロングンである。5回に分けて掲載する。今回はその四

 第四節 されどメディアはゆく

 メディア新時代と情報通信法
 21世紀に入って、メディアの世界は大きく変化している。デジタル化が急速に進み、インターネットの威力が増大しているからだ。2008年の広告費で見ても、インターネットに投下される広告費は6000億円に達した。雑誌とラジオの広告費合計6200億円にほぼ肩を並べる。
 活字系のメディアではインターネット上のブログ、検索メディアが台頭、新聞自体もインターネット上の情報提供に積極的に乗り出している。その結果アサヒコム、毎日JPなど大手新聞系のニュースサイトは常にアクセス数で上位にある。
 テレビでは1996年初頭のCSデジタル開始で48になったチャンネルは2007年454チャンネルを数える。ワンセグによるケイタイ送信は2008年春以降、新たな独立利用チャンネルの増加が見込まれ、BSデジタル放送もまたビッグカメラ系の「日本ビーエス」、伊藤忠系の映画チャンネル「スターテレビ」、三井物産系の「ワールドハイビジョン」など新しい放送事業者に開放された。多チャンネル時代はさらに広がりを見せている。
 ブロードバンドの普及が2007年に50%をこえたこと、YouTubeのような動画サイトの人気が急上昇していることなどから、インターネット経由で映画、テレビ番組、テレビニュースに接する動画視聴も増大の一途をたどっている。
 ラジオもまた現在のAM、FM、短波に加えて新しいデジタルラジオが開始される見込みだ。2011年以降は全国9、地域11のデジタルラジオチャンネルが想定されている。
 こうした中で政府は地上放送、衛星放送、電話とブロードバンド回線、インターネットなど全面デジタル化しつつあるメディアを一体化してコントロールする新たな「情報通信法」を準備している。今までのように放送と通信というように縦に分けて考えるのではなく、情報内容(コンテンツ)、情報伝達手段(プラットフォーム)、通信網や放送網の設備(インフラ)の三層に横断的に分け国の管理に組み入れる考え方だ。
 放送だけではなくインターネット経由であっても、多くの人々に視聴されるものは、影響力が大きいとして政治的な公平、正確な報道など規制の対象にすることが考えられていることから議論を呼んでいる。またホームページなど誰でも発信できるインターネットやケイタイではポルノ映像、有害情報の規制も強化される模様だ。
 こうした制度変更は「情報通信審議会」の論議を経て、2010年に具体化されようとしている。民間放送連盟や経団連では「影響力の大きさ」というあいまいな根拠で内容規制を行うことに反対、新しく増えつつあるメディアは規制を緩和して自由度を高めるべきだとしている。特にインターネットに現在の地上波と同様な内容規制がかけられることについての反対意見は強い。
 こうした動きに先立って政府は2007年10月に現在の放送法を改正した。それによると以下のようなことが新たに決まった。
 NHKに監査委員会を新設し、経営を監視、監督する体制を強化する、新しく外国人向けの国際テレビ放送をNHKが始める。その番組制作は新しく作られる法人に委託する。NHKのアーカイブに保存している番組をブロードバンドで有料提供することを認める。民間放送の経営効率化を図り、資金調達を容易にする目的で複数の地上放送局(12局まで)を子会社に出来るよう「放送持ち株会社制度」を作る、などである。
 NHKと民放はこの改正でますますメディアの中での独占的地位を高めていくことになるだろう。特に民放では地方局が東京、大阪のキー局の傘下に組み込まれることになり、民放の特質であった地域性は影の薄いものとならざるを得ない。

 ネット社会の中のアメリカメディア
アメリカの脚本家組合が敢行したストライキは2007年11月から2月までの3ヶ月間にわたって続いた。コメディショー、視聴者参加のタレントショー、プライムタイムの人気ドラマなど70以上の番組が中止され、新作映画の制作もストップした。ハリウッドとテレビ局が受けた経済損失は実に30億ドル(およそ3200億円)に達する。紛争の焦点はインターネット、ケイタイ、iPodなどでのストリーミング配信やダウンロードの二次使用料の配分だったが、結果脚本家側は収益の2%を手にすることになった。
 アメリカでは 2009年のテレビ放送全面デジタル化を目前にしている。現在すでに多くのテレビ番組がほぼストリーミング形式でインターネットに流れ、iPodに流れている。アメリカのテレビ局はYouTubeへの映像提供も積極的に行っている。主要なテレビニュースはインターネット上でさらに情報を付加したものを見ることが出来る。アメリカのメディアはインターネットを新しいアウトレットとし、新しい広告収入、視聴者獲得の手段として積極的に打って出ているのだ。
 アメリカテレビ界のトップアンカーといわれたダン・ラザー(CBS)が2005年3月辞任した。その前年ブッシュ大統領の軍籍に関する報道で証拠にした文書が虚偽であるとブロガーに指摘されて謝罪したことが命取りになった。
 2005年1月世界経済フォーラムの席上CNNのイーサン・ジョーダン報道局長はアメリカ軍がイラクでジャーナリストを標的にした可能性について述べた。これがブロガーの集中砲火を浴び、彼もまた辞任に追いやられた。
 この二つの事件は、ブログが既存大メディアをも追い落とす存在になった実例として繰り返し語られている。
2008年の大統領選でもブログやYouTube効用が繰り返し語られている。しかし全国的に候補者や政策を訴えるのはやはりテレビコマーシャルがもっとも有効だといわれている。2月3日のスーパーチュースデイを中心にして15万本、金額にして1億7千万ドル(およそ185億円)のCMが流れたとアメリカのテレビ局ABCは推定している。
 2008年3月4日のテキサスとオハイオでの予備選を前にして、クリントン陣営は「午前3時の電話」というコマーシャルを流した。子供たちが寝ている早朝ホワイトハウスに電話がかかってくる。それに応えるホワイトハウスの主が誰かと問いかけ、安全保障の重要性を訴えたものである。劣勢を伝えられていたヒラリー・クリントンが大票田のテキサスなどで勝利して踏みとどまったのはまさにこのCMの訴求効果によるとアメリカのメディアは一斉に論評した。
 新聞もウエッブ進出で生き残りを図っている。アメリカのウエッブ上のニュースサイトのビジター数ではニューヨークタイムスが3500万を超えダントツである。CNN、MSNBC、ABCなどがそれに続く。Yahooやグーグルのニュースサイトも人気はあるが、独自の取材があるのではなくソースは既存の新聞、テレビに他ならない。数少ない有料電子版を持つウォールストリートジャーナルは100万人の契約者がいる。新聞全体では読者の減少がみられるものの、有力紙はインターネットに進出し、新しい読者を開拓している。

 日本のメディアの衰えぬ力
 日本では新聞、放送はじめとするマスメディアは依然として産業として強固な基盤を持ち、社会的な影響力も強い。新聞の発行部数6900万部、1000人あたりの普及631部、購読世帯5000万世帯、宅配率99%(いずれも2007年)という普及データーは世界に類例のないほどの高さである。部数は2000年に比べ200万部(朝刊、夕刊あわせ)減少したものの、宅配率は上昇し94パーセントを超えている。ちなみにアメリカの人口1000人あたりの部数は295、総発行部数は5800万部である。(資料は日本新聞協会)
 日本の場合の放送の経済基盤は強固なものがある。NHK受信料収入は年間5960億円(2007年)、ラジオ、テレビ合わせた民放の広告収入は2兆1905億円である(いずれも2007年)。
 NHKと民間放送という放送の二元体制、新聞による民放ネットワークの掌握と再販価格維持制度、宅配制度という仕組みによって新聞産業と民放産業は戦後から半世紀の間に社会的影響力を拡大したのだと私は見る。そしてその力はインターネット時代、デジタル時代の現在も衰えてはいない。
 たとえばテレビの一日の視聴時間はNHKの調査で3時間53分(2007年)である。2000年も3時間53分であり、多少の上下はあるものの、80年代、90年代、2000年代を通してほぼ同じ水準を保っている。インターネットの接触時間は電通の調査によれば2000年8.4分が2007年3.5倍増えたがそれでも30.6分に止まっている。
 この状況について電通は「昨今のネット万能論、テレビ崩壊論はメディア接触データーを冷静に見る限り言い過ぎの感がある」(電通常務松下康氏)としている。
 テレビの視聴者、視聴時間が減らない、社会的影響力も保持し続けている理由の一つに、NHK、民放の番組開発の努力が挙げられる。
 ニュース報道ではNHKの定時ニュースやNHKスペシャルに見られるオーソドックスな客観報道と報道ステーションなど民放に見られるある種の激しさの並立を視聴者は歓迎しているものと見られる。民放の一連のワイドショーの世論効果もさることながら、最近人気のエンタメ型報道番組(たとえば「たけしのTVタックル」、「サンデージャポン」、「太田光の私が総理大臣になったら」など)が従来型の報道番組に代わって世論形成の主役になる傾向もある。報道性、娯楽性に裏情報も加味しているこれらの番組が人々の興味をつなぎとめ、時として小泉劇場、郵政選挙の時のような巨大な社会的波及効果をもたらしてきたといえるだろう。
 市民メディアの一環としてのインターネット新聞も、オーマイニュースやジャンジャンが健闘しているとは言うものの、主流メディアに対抗し、拮抗する存在には育っていない。メディアへの参入を試みたライブドアや楽天は阻まれた。その一方、主流メディア本体は、インターネット進出を試み、着々と地歩を築いている。
 2007年10月、読売、朝日、日経三紙が提携して社説、主要記事読み比べや、新しい共同配信ツールをウエッブに提供する。このサービスについて新聞各社は「ネットメディアにおける新聞社の影響力を高める」(日経杉田亮毅社長)、「インターネットを活用し、ペーパーの新聞を断固維持する」(内山斉読売新聞社長)と意気込んでいる。
 三社のサイトはグーグルと提携しているが、毎日はヤフーや楽天と提携する毎日JP、産経はマイクロソフトと組んだMSN産経ニュースで、それぞれがインターネットを抑えている。
 テレビもまた、フジテレビのCSHD(スカパー経由のHD放送、2008年4月から放送開始)、日本テレビの第2日テレ(会員制の動画サイト、12万人)に見られるように、新しい模索に時代に入っている。

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2009年02月24日

非営利市民放送とマスメディアを考える その三

 非営利市民放送とマスメディアを考える その三  隅井孝雄

 以下の論文は2008年9月に発刊された「非営利放送とは何か、市民が創るメディア」に掲載された私のロングンである。5回に分けて掲載する。今回はその三


 第三節 読者、視聴者との回路を求めて
 紙面批判、提言に窓を開く―新聞の場合
今メディアに対する信頼が揺らいでいる。NHK職員不祥事、番組改編などに端を発した受信料不払いの増大、視聴率の操作や「あるある大辞典」のデーターねつ造など放送倫理の逸脱、過熱、過剰取材による報道の暴走、新聞人の政治家との癒着などに対して市民の不信感は増幅するばかりである。
 このような状況の中でメディアは一様に読者、視聴者の信頼回復に腐心している。
 最近の「紙面と読者委員会」、「報道検証委員会」、「人権と報道員会」などの名称の第三者委員会を多くの新聞社が持つようになった。その先鞭をつけたのが毎日新聞である。2000年10月発足、外部の有識者三人に委嘱した「開かれた新聞委員会」がそれだ。「名誉やプライバシーなど紙面の人権侵害に対する苦情、意見に対応する」、「報道に意見や批判がある場合、検討を加えて意見を述べる」、「21世紀の新聞のあり方を踏まえた報道の方向性などメディア全体について提言する」などの役割をになうものである。編集幹部と委員との話し合いはその都度紙面に掲載される。読者からの批判や提言が取材は編集に反映される仕組みであり、欧米主要紙に見られる新聞オンブズマンの日本版である。
 現在新聞協会加盟新聞社のうち35社が読者の批判を受け入れに反映させるシステムをとっている。背景にはメディアの過剰報道を理由に「個人情報保護法」、「人権擁護法」を準備してメディア規制を進めようとしていた政府に対して、読者との回路を築くこととによって対抗したいという新聞業界の思惑もあった。(人権擁護法はメディア規正法だとの批判を受け2003年、国会で廃案となった)。
 毎日新聞は一連の動きの突破口となったが、そのネーミング「開かれた新聞」には長い歴史がある。
 1972年毎日新聞が沖縄返還交渉で密約があったことをスクープした。しかし取材した毎日新聞西山太吉記者は機密保護法違反で逮捕され、一旦は「国民の知る権利を守れ」という声が沸きあがった。しかし情報入手の手法が「情を通じて公務員をそそのかした」ものであるとの権力側のキャンペーンに新聞は抵抗できないまま、密約は闇に葬られた。国民、読者に失望感が広がり、毎日新聞を初め新聞の発行部数は大きく落ち込んだのだった。その危機感の中で「知る権利」を擁護し、読者に開かれた新聞を目指そうという動きが新聞労連のキャンペーンとしてジャーナリストの間に広がっていった。
 いわば地下鉱脈に流れていた読者との回路が30年近くたって浮上したと私は思う。

 CMもNHK会長も変えられる―放送の場合
日本の視聴者がテレビ放送に対して始めて主体的、能動的にかかわったのは1970年代であった。婦人団体、消費者団体が子供向けテレビCMの改善を求めて民間放送連盟への働きかけを強め、1974年の放送基準改定に際して、過剰CMの削減、タバコ広告、アルコール広告、サラ金広告の制限などを要求の一部を実現するという出来事があった。放送局の労働組合民放労連が主婦団体、消費者組織と連携したことは基準改善への原動力となった。
 1997年にはFCT子供のためのテレビフォーラム(後に市民のためのテレビフォーラムと改称)が誕生しメディアリテラシーの提唱など、活発な研究と運動が積み重ねられた。その後その重要性が日本社会に定着したのはFCTの功績と言えるだろう。
 NHKでは戦後から一貫して国民と政治権力との綱引きが続いてきた。占領下に解体をまぬかれたNHKは国民の代表としての実態を備えた放送委員会の監督下に置かれることになった。しかし占領終結とともに消滅し、再び政府(郵政省)の管轄下に置かれることになった。それでも会長職はジャーナリズム出身者という時代が続いたが1973年郵政省天下りの小野吉郎会長が就任した。しかし小野会長がロッキード事件に関与した田中角栄元総理を擁護したことから世論が沸騰、800万に上る署名が集まり、NHKの労働組合日放労が天下り会長阻止の運動を展開した。
 この結果、芸能局長として優れた番組を生みだした坂本朝一氏が衆望をになって会長職についた。世論が生んだ会長ということが出来る。その後財界出身の池田芳蔵会長の辞任、報道出身の島桂次会長の辞任、放送現場出身の川口幹夫会長の登場、最近の海老沢勝二会長辞任などがあり、その都度会長の選任で政府与党、官僚、財界、労働組合などの綱引きが続いている。2008年には与党に近い財界出身の福地会長が登場するなど、それは今も続く。

 BPOに見る市民参加のツール
 放送は1990年代の後半、再び新しい市民との回路を作る方向で動き出した。その結果放送の改善について一定の実効を伴い、さらに言論や表現の自由も保障する第三者監視機能BRO(放送と人権に関する委員会)が1997年に発足した。現在BPO(放送倫理、番組向上機構)といわれている組織の前身である。
 1990年代はケーブルテレビの普及が進むとともにCS放送の登場(1997年)、民放各局によるBSデジタル放送の開始(2000年)などでテレビチャンネルが拡大の方向に向かっていた時期である。同時にテレビ放送に対する批判が沸騰したのも1990年代だった。代表的なものだけでも1993年テレビ朝日椿報道局長発言(細川政権は久米田原政権)に対する自民党からの批判と国会喚問、1992年NHKムスタン、読売テレビ看護婦大会(「どうなるスコープ」)など、一連のヤラセ番組の続発、1994年松本サリン事件での河野義行犯人説の誤報、1997年神戸小学生殺害事件、1998年和歌山カレー事件など場合に見られる過剰取材、過熱報道などである。また少年の凶悪事件が続発したことにより、その原因をテレビに求め、性表現、暴力表現を規制する動きもあった。
 1996年に開催された「多チャンネル時代における視聴者と放送に関する懇談会」は以上のような放送の状況を改善する上で重要な会合となった。当初はBSやCSの拡大、デジタル化に対応することだけを任務にしていたが、見識のある有識者や消費者団体の代表が委員に加わっていたことを反映し、「放送による社会参加の拡大」、「番組の多様化のための環境保護」、「放送事業者の自主性と責任」など時代を反映するテーマが論議の対象になった。
 その結果、メディアリテラシー普及の必要性、青少年番組の改善充実、第三者機関としての「放送と人権委員会」(BRCのちにBPO)の発足が合意されたのである。
 1997年発足したBPOは司法機能を伴う第三者機関として重要な存在である。放送による権利侵害を審理して放送局に勧告する権限を持つとともに放送倫理上の問題があれば「見解」を出して、放送局側の是正を喚起する。またBPOの青少年委員会は局と視聴者をつないで、青少年番組の充実、是正を図る「勧告権限」がある。
 「発掘!!あるある大事典」のデーター捏造問題(2007年1月)のあと、2007年5月、BPOは改組され、人権、青少年に加え新たに「放送倫理検証委員会」が誕生さらに権限を強化した。
 市民、視聴者側の発言の保障という意味でBPOは必ずしも十分な効果を発揮していないという意見がある。常に介入の機会をうかがう政府に対する言論表現の自由の防波堤だという見方もある。
 NHK、民放の放送側も、視聴者の側もBPOを十分活用しているとは言いがたい現実がある。しかし視聴者からの申し立て、意見表明は2005年に1万件を超え、2007年はおよそ16993件(2006年比5961件、54%増)に達している。この回路をさらに拡大し、放送番組の充実、改善に役立て、視聴者の参加のツールにしていく必要があるだろう。

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非営利市民放送とマスメディアを考える その二 

 非営利市民放送とマスメディアを考える その二  隅井孝雄

 以下の論文は2008年9月に発刊された「非営利放送とは何か、市民が創るメディア」に掲載された私のロングンである。5回に分けて掲載する。今回はその二

 第二節 非営利市民ラジオの五年
 ラジオカフェに出会った私
 コミュニティーラジオの動きに最初に触れたのは2000年秋のことだった。もともと私は東京の日本テレビの出身だが、1986年から日本を離れ、ニューヨークのNTV(日本テレビ)インターナショナルで13年ほど仕事をしていた。ところが縁があって1999年に京都で教壇に立つことになったためニューヨークを引き払って京都三条通りに移り住んだ。そんなある日年来の友人でKBS京都放送のラジオ、テレビのディレクターだった町田寿二さん(現在FM79.7ラジオカフェの放送局長をしている)にシンポジウムに出席するよう頼まれたのだった。
 2000年10月に開かれたシンポジウムは「市民が作るコミュニティーFMの可能性」というタイトルだった。阪神大震災をきっかけに誕生した神戸の地域ラジオ「FMわぃわぃ」の経験が報告され、私はアメリカのラジオの現状を紹介した。「多くの人に聞かれている、重要なコミュニケーション媒体になっている。局の数がたくさんあって地域メディアの性格を備えている。商業局と並存して大学や市が運営する市民メディア的なものもある。インターネットと連動するようになり新しいメディアの性格が付け加わった。経営上も元気がいい」、ことなどを私は語った。
 100人もの参加者には熱気があり、後半のシンポジウムでは非営利団体としてのラジオの開設を目指すという結論になった。私にとっては話に聞いていたNPOやコミュニティーラジオの実態について初めて触れる良い機会であった。
 京都でボランティア活動するという、さわやかな響きにひかれて私はNPOラジオの会員になった。

 京都のNPO、そして街の活性化
NPOという市民運動と連動してラジオを作ろうという動きはこのシンポジウムの5年ほど前から始まっていたが、それはいくつかの時代の追い風が吹いていた時期であった。
 阪神大震災をきっかけにして1996年に生まれたFMわいわいという小さなラジオ局が地域メディアとして脚光を浴びていた(詳しくは別項参照)。1998年には市民運動、住民運動をいっそう活発にし、新しい展開を図るために特定非営利活動促進法が制定された。
 京都の中心部寺町通りと烏丸通に囲まれた地域を東から西に走る三条通りは、町家と歴史ある明治、大正、昭和の近代建築が混在する独特の風格を持つ街である。歴史的景観地区にも指定されているこの地区で街づくりの住民運動が活発に行われていた。
 折からこの地にあった毎日新聞京都支局が新しいビルに移転することとなった。取り壊されるはずだったものが、昭和3年建設のアールデコの趣のある5階建てビルを惜しむ声が高まり、若者文化の発信地にしようと計画が進んだ。新聞社のホールは小劇場に、半地下の食堂はライブも時たまあるレストランに、一階のホールはギャラリーにということになった。そのギャラリー「同時代」のオーナーでもある画家の大山一行さん(現在FM79.7の理事をしている)が一階の南側の新聞社ガレージを喫茶店のあるラジオ局のスタジオにする構想を持ち込み、夢のような話だったラジオ局設立は一挙に具体化するにいたった。
 京都は人口当たりのNPOの数が東京より多いといわれている。NPOセンターのホームページで活動を登録している団体は936、行政の認証無しで活動しているグループを入れると3-4000はあるという。さすが京都議定書の本場である。
 京都NPOセンターの常務理事でNPO京都コミュニティーFMの事務局長でもある深尾昌峰さんは当時を次のように振り返った。
 「歴史、伝統と新しい都市文化を創造していきたいという市民の動きの中に、地域ラジオという新しい仕組みでコミュニケーションを広げて行きたいという考えはすんなり浸透しました。営利事業ではなくて市民のためのラジオなら当然NPOということになります。促進法が出来てすぐの時期ですから、NPOが脚光を浴びていたのです」
 コミュニティーラジオをNPOとして立ち上げる推進役のひとりとなった深尾さんは、さらにこうも付け加えた「インターネットは目的意識を持ってアクセスするメディアとしての特質があります。それに比べラジオというプラットフォームは開かれた伝播力を持っています。NPO同士の横の連携を取るという意味と、社会に広げていくという二つの意味合いがあると考えました」。
 こうしてコミュニティーラジオを申請したいというグループとNPOが手を結ぶことなり 2001年9月、新しいコミュニティー放送を非営利活動法人(NPO)として運営することを決めて、NPO組織の設立総会を結成し、総務省関西通信局に対して免許申請を提出したのだった。私はNPOの副理事長に選出され、その後局の運営や番組編成に深くかかわることとなった。

 理念を現実のものにする
 コミュニティーFMラジオは1992年の放送法改正で誕生した。それまで日本にはなかった市町村単位の地域メディアが必要だという認識が広がったからである。しかし放送を管轄する郵政省はNHK以外の放送はすべて広告放送を主な財源とする民間企業の形をとる方針であった。そのため当初NPOで地域ラジオを作りたいという考えは一顧だにされなかった。
 ところが急に風が変わった。免許が可能かどうか郵政省近畿通信局(当時)を最初に訪れた町田寿二さん)は次のように言う。
「2000年夏通信監理局に免許取得の相談に行きましたが、経営主体をNPOとしてラジオ免許を交付することは出来ないと門前払いでした。ところが2001年の省庁再編で所管が郵政省から総務省に移り相談に訪れたところ、放送課長はコミュニティーラジオNPOが運営するのは一つの理想だと発言し、それから免許の話が現実的になりました」。
 放送免許が総務省という地域行政やNPOを推進することを掲げた行政機関の手に移った、そのときにNPOによる地域ラジオの免許申請が持ち込まれたというのは絶妙なタイミングであったといえよう。
 こうして2003年1月京都コミュニティー放送FM79.7に予備免許が下り、同じ年の3月31日放送が開始された。愛称は「京都三条ラジオカフェ」。誰でもが自由に出入し、おしゃべりする街角のカフェ、というのがコンセプトだった。
 ラジオカフェは2008年3月31日で5周年を迎えた。5年という歳月はこのラジオ局にとって特別な意味を持つ。
 放送免許の審査に当たって安定した放送運営が出来ることを裏付ける五ヵ年の事業計画を提出したのだが、NPOが運営主体になるラジオ放送局が果たして財政的に安定した運営を実現出来るかが周波数免許の一つの焦点となった。
 京都府からNPOの認証を受ける時も設立や運営の財源が問題になった。収益事業としてコマーシャルも含むというのはNPOにはふさわしくないという議論がでた。京都府と交渉した設立委員の一人大山一行さんはそのやり取りを記録していた。当時の文書のなかでNPO局のコマーシャル放送について次のように記している。
 「広告は商店や中小企業などの広告主にとっても市民にとっても大切な生活情報の一つとしての“にぎわい機能”です。コミュニティーFM放送にとっては事業の一部です」。
 一方、設立資金を大企業からの投資でまかなうのはNPOとしての運営にはなじまない。会員を募って、入会金を10万円にした。市民が株主という発想である。またたく間に60人の会員が応募したが、それだけではスタジオや送信の設備には足りない。資金の調達についてみんなで頭をひねったという。
 設立に携わった福井文雄さん(元株式会社ラジオカフェ社長)は以下のように説明する。「NPOの有志がサポートカンパニーとして株式会社京都ラジオカフェを設立しました。
 番組制作、イベント、広告などを手がける会社です。その資本金の中から1200万円を支払って開局のための資金に当てました。株式会社は月20万円分の番組枠を5年分前払いしたことになり、コミュニティー放送は月20万円ずつ清算し、5年間放送が続けば完済という計画でした」。
京都コミュニティー放送は2008年1月、新しいコミュニティースタジオを作って移転した。放送開始5周年の2008年3月、放送免許が更新された。6月には株式会社京都ラジオカフェが提供した1200万円の資金を完済した。10万を出資する正会員は97人を数える。 
 京都コミュニティー放送はさまざまな市民グループ、個人、商店、中小企業が制作する101本のレギュラー番組が放送されている。そのうち四分の一の24番組が制作会社として契約を結んでいる株式会社ラジオカフェが担当、局の自主制作は14番組、残りの63番組すべては市民の手に完全にゆだねられた番組である。(2008年3月現在)

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2009年01月17日

非営利市民放送とマスメディアを考える その一

 非営利市民放送とマスメディアを考える その一
 隅井孝雄(京都ノートルダム女子大客員教授)
 
 以下の論文は2008年9月に発刊された「非営利放送とは何か、市民が創るメディア」(ミネルバ書房)に掲載された私の論文である。5回に分けて掲載する。今回はその一

 第一節 人と人との対話求めて
 ボンズカフェを聴く
 京都鹿ヶ谷のあたり、東山を少し上がったところに法然院がある。京都に住むようになった私にとって最も好きな寺の一つである。法然坊源空上人がここに草庵を結んで念仏の修行を行ったゆかりの地である。
 法然院は他の多くの京都の寺とはくっきりとした違いがある。境内に入るのに拝観料が要らないのだ。年二回本堂、本尊の拝観が許されるときだけ拝観料がいる。しかし実際には毎日のように人々が本堂や庫裡に出入りしている。法話はもとより、講演会、イベント、個展、コンサートなどが開かれるからだ。
 本堂、講堂、方丈の使用料はとらない。すべて使う人の「お志」である。境内には「共生き堂」(ともいき堂)という森と自然をテーマにした環境センター」も作られ市民グループの拠点となっている。
 このような人々の出会いの場を束ねるのは住職の梶田真章さんだ。梶田貫主は京都景観街づくりさんターの評議員、きょうとNPOセンターの副理事長を務めるなど、市民の活動のリーダー役でもある。
 その梶田貫主は法華寺(亀岡)住職の杉若恵亮さんと二人で京都コミュニティー放送(FM79.7京都三条ラジオカフェ)の毎週一回のラジオ放送「ボンズカフェ」のパーソナリティーを4年間続けている。この番組は毎週火曜日、夜10時から11時の一時間生放送。月一回はスタジオをかねている喫茶店で公開生放送もしている。さらにインターネットでもライブで放送を聴くことが出来る。番組の企画も構成も梶田さん、杉若さんの手になる。
 今年(2008年)1月29日、番組4周年を記念して開かれた公開ライブに私も参加した。
会場の喫茶店「ラジカフェ」はその一角にラジオスタジオもある。30人ほどのリスナーがテーブルのあちこちを囲み、梶田貫主と杉若住職のトークに聞き入る。ファックスが紹介され、代理出産の是非が話題に取り上げられた。ちょうど学術会議で合法化するかどうかが論議されている最中というタイミングだった。(その後2月2日、学術会議は禁止されるべきだが、試行制度は容認する、という報告書を出した)。
 会場の論議がヒートアップしたが、静かに口を開いた梶田貫主は「私は反対します。しかし今の日本で、それを可能にする技術があって本人が望めば出来るという状態で我慢を強いることは出来ません」と語りかけた。代理出産で生まれた子供は生涯悩むことにならないかという意見をめぐって再び紛糾した。それに対する梶田貫主の答えはこうだ。「子供のときいろいろなめに人はあいます。しかしそれで人生がすべて決まるわけではない、最終的な人生とは別問題ではないでしょうか。その人がどのように育ち、どのような人になるかということが大事なのです」。
 まるで法然上人が生きてラジオ番組に出演し、悩み多き人々に語りかけるおもむきだ。ラジオカフェで人気番組となり、毎週聞く固定リスナーの数も多い。

 法然院梶田貫主は語る
 放送が終わったあと、私は梶田貫主に話を聞いた。なぜコミュニティーラジオに自分の番組を持ち、毎週出演するのかを知りたいと思ったからだ。
 4年毎週欠かさず放送していますね。どのように考えて放送されていますか。
 ―――そんなに深く考えているわけではありません。いろいろな方の考えを聞くことが
出来る。たいへん大事な機会です。私はお寺におりますから、何が出来るのかいつも考えていますが、その答えを見つけることが出来るような気がしているのです。
 私のしゃべっていることが必ずしもそのまま伝わるわけではない、ということも勉強になります。皆さんが私どもに何を求めているのか、それぞれの対話の中で、中身がわかっていく、少しずつ変わっていくというのが、人間がコミュニケーションする意味だと思います。しゃべっても変わらないのならしゃべることにどれだけの意味があるのだということになるし、ラジオをやることの意味がない。私が一方的にしゃべることで終わるのではなく、皆さんがさまざまなことについてどう考えていらっしゃるかということが私の中にスーッと入ってくることで、次の私が出来上がっていくというところにラジオの面白みがあると思うのです。
 小さなラジオなら小さなラジオとしての役割があるように思います。身近な人同士のコミュニケーションが生まれてくるということではないでしょうか。
 大きなメディアのテレビと違って、ラジオは一方的にただ発信者が流すのではなく、聴取している人と発信する人がコミュニケーションしながら作っていくという特質があると思います。今の日本ではあまりにもテレビメディアというものに皆さんの関心が行き過ぎていて、コミュニケーションしながらものを作り上げていくという社会になっていないところが日本の社会の問題だと思います
 やれることは小さいかもしれませんが、やればやるだけのことがあると考えるようになりました。人間にとって、誰かとコミュニケーションしながら、作り上げる、放送することはきっと生きていくうえではとても大事な原点だと私は思います。
 お寺でもただ話を一方的にするだけではなく。必ずお話をすれば相手から反応があって、話したことの中で何が伝わって、何が伝わらなかったか、そういうことを含めて語ることには意味があると思います。
 坊主として寺を基盤にしていますが、外に出て行ってお寺に来ない人にも発信する、なおかつ自分も学ぶという意味でコミュニティーラジオはいいメディアだといます。小さな集団ですがその中で人どうしが対話を繰り返しながら自分を見つめていく、発見していく、変えていくことはたくさんあります。人間にはそれぞれに正しいと思っていることがあるわけですが、みんなが正しいと思っていることが一つでなければならないという流れがある中で、そうではなくて、違いや多様性を認め合い、自分が正しいと思うことと人が正しいと思うことの間でコミュニケーションしながら折り合っていくと行くことが大切だと思います。そういう対話ができるメディアがラジオです。コミュニティーラジオなら小さな集団とはいえ、数百人、数千人に広がります。それが繰り返され、何回も聞くうちにわかっていく、話しているほうも勉強をしていくという意味でコミュニティーラジオの存在価値があると思います。
 ラジオカフェというコミュニティー局自体を全体として捉えるようなファンが増えてくれば、このラジオを通じて社会の多様な顔や色がおのずと見えてくるのではないでしょうか。何か伝えたいという人がたくさんいるから成り立っているラジオですから、そこに盛り込まれている多様性に人々が触れる機会が増えるところに将来性があると考えます。

 梶田貫主の展開するコミュニティーラジオ論を私は胸に刻んでスタジオを出た。人と人のつながりを求めて境内を開放している法然院の運営理念はコミュニティーラジオの理念と重なっている、と私は思った。
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2008年08月17日

随想 憲法九条、宇宙基本法、南極条約

 隅井孝雄 ノートルダム女子大学客員教授、国際メディアアナリスト

 以下は「人権と部落問題」776号 2008年8月に掲載された

 今年の憲法記念日は大した論議もないまま通り過ぎた。
 しかし、新聞各社が実施した世論調査ではこれまでにない傾向がくっきりと浮かび上がった。それは日本国民の大多数か憲法9条改正にはっきりとしたNoを突きつけたことだろう。
朝日新聞の調査によると9条を変えないが66%に達し、変えるは23%、にとどまった。憲法改正草案を発表するなど憲法改正に積極的だった読売新聞の調査でさえも、改憲賛成は42.5%、改憲反対43.1を初めて下回った(9条についての賛否を問う質問はしていない)。
 こうした地殻変動は、改憲を旗印にした安倍首相が降板したことがきっかけになっているとみられる。しかし、9人の知識人による憲法9条の会(2004年発足)が粘り強い論陣を張ってきたこと、それに触発された人々によって全国津々浦々の6435もの「9条の会」が活動していることが確実に世論を変える原動力になったと私は思う。
 メディアでは読売、産経、日経三紙は改正に賛成している。しかし朝日、毎日、そして大多数の地方紙は改憲に否定的である。私の友人の関東学院大学の丸山重威教授によると全国60の地方紙のうちこれまで社説で改憲支持を表明したのは静岡新聞と北国新聞(金沢)の2紙に止まるという。丸山教授の試算によると全国の新聞発行総部数約5300万部のうち約3200万部(60.4%)が9条を堅持すべきだとの論調を持つのだという。
 映画「日本の青空」やNHKスペシャル「憲法制定秘話」によって民間の学者知識人による「憲法研究会」の作った草案が現行憲法の基礎になったことが明らかにされたことも、憲法改正に反対する世論形成に影響したともみられる。

 ところで憲法改正が足踏みしているその陰で、憲法の平和主義、国際主義を根底から覆す動きが出てきたことを私は懸念する。それは5月21日国会で 成立した「宇宙基本法」である。ロケット打ち上げなど宇宙利用については1969年の国会決議で平和目的に限るとされてきた。ところが今回の基本法では「我が国の安全保障に資する」という条項が付け加えられ軍事的な利用を図る方向に転換したのだ。
 外国によるミサイル発射を監視し、抑止する軍事衛星の打ち上げ、あるいはアメリカのMD(ミサエル防衛網)システムと連動する衛星の打ち上げなどが可能になる。
 ここで私が思い出すのは1959年に出来た「南極条約」だ。その第一条には次のように書いてある。
 「南極地域は平和目的のみに利用する。軍事基地の設置、軍事演習の実施、あらゆる形での兵器の実験などは、とくに禁止する」
当時世界は米ソ冷戦の真っただ中、南極の領土権を主張する国もあった。その中で南極観測の実績を持ち、憲法で軍事力を放棄している日本は条約制定に大きな役割を果たしたのだ。
 日本が世界に誇る宝でもある「憲法9条」を宇宙にも生かすことを真剣に考えることが改めて必要ではないか。
 

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リレー時評、ひも付き軍事アナリストの世論誘導

 隅井孝雄
 以下は2008年6月25日「ジャーナリスト」第603号に掲載されたリレー時評である

 イラク戦争に際してアメリカ国防総省が、軍出身の防衛・軍事専門家をテレビに送り込み、世論操作をしたのではないかという疑惑について、議会の監査機関GAO(アカウンタビリティーオフィス)や国防総省監査局がともに事実関係の調査に乗り出すなど、新たな広がりを見せている。
 この疑惑はニューヨークタイムスが4月20の紙面で報道して明るみに出た。それによると国防総省広報局はイラク戦争の前後、退役将校など軍出身の軍事アナリストにラムズフェルド長官らが出席する特別なブリーフィングの機会を設け、機密情報の閲覧も許可、時にはイラク国内やガンタナモ基地にも招待旅行をしたという。優遇された軍事アナリストの数は75人、その多くがネットワークテレビに解説者やゲストとして出演したという。
 5月24に付けのワシントンポストによると国防総省監察局はアナリストの多くが国防企業のコンサルタントでもあるため、特定の企業に有利に働いたかどうかを調査するということだ。また議会の監査機関GAOは政策のプロパガンダに政府の予算を支出してはならないとする倫理規定に国防総省が違反したかどうかを調査するという。
 さらに放送の監督機関FCCのケビン・マーティン委員長は、アナリストがホワイトハウスや軍事企業の特別な関係を明らかにしないで出演したのは“スポンサー表示義務”違反の疑いがあるとして調査する意向を示した。
 ニューヨークタイムスによると“ひも付き”軍事アナリストを最も歓迎したのはFoxニュースだが、結果としてCNNやNBCもコメントを鵜呑みにした場合がしばしばあったという。CBS、ABCは比較的公正、PBSは出演者にフリーフィング常連は一人もいなかったという。メディアに濃淡があるが、世論は当時「アメリカ軍ガンバレ」一色になって星条旗をうちふるったという事実は残る。
国防ファミリーを動員しての大がかりな世論誘導は驚きだが、それにもまして過去を徹底的に再検証する動きが強まっていることも驚きである。民主党が多数を握る議会がイラク戦争からの出口をさぐる動きの一環と見ることもできる。
 アメリカ大統領選もこれから本番、撤兵を主張する民主党オバマ候補と、あくまで駐留を継続しようという共和党マッケーン候補は大接戦が予想される。アメリカの世論振り子は一体どちらに振れるのだろうか。
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アメリカの窓から地域に窓へ、変わる世界のメディアと衛星放送新時代

 隅井孝雄 京都ノートルダム女子大学客員教授

 以下は「女性の広場」2008年5月号に掲載された
 
 中東は衛星放送の十字路
 昨年私は中東経由してエジプトを訪れました。日本ではテレビといえば誰でも地上波テレビを思い浮かべますが、中東では人々は競って衛星放送を見ます。私が訪れたドバイでも、カイロでも建物の屋上は衛星用のお椀形をしたパラボラアンテナが林立しています。私が食事に呼ばれたある家庭では300チャンネル入っていました。見ようと思えば1000チャンネル可能だといいます。中東で最も人気のある衛星番組はアラブスターという歌のコンテスト番組ですが、そのほかアラブ語のコメディ、アラブ版音楽チャンネルなど多種多彩です。 
 見ようと思えばCNN、BBCなどアメリカなど西欧系の衛星チャンネルも見られますが、最近では中国国営テレビ、フランステレビ、ドイツテレビなどの24時間英語ニュースも見られるし、韓国が放送している国際衛星チャンネルアリランテレビ、日本のNHKワールドの放送もあります。
 そして中東ではイラク戦争で大活躍したカタールの24時間ニュース局アルジャジーラが重要なニュース源になっています。フセイン時代衛星放送を見ることが禁止されていたイラクでも、今では衛星アンテナが飛ぶように売れ、人々は衛星からニュースや娯楽番組を受信しているのです。
 テレビ放送用の衛星は技術上の理由から赤道上空36,000kmの軌道に密集しています。中東はまさに衛星の十字路であるため、受信可能なチャンネルが最も多いものと思われます。しかし、21世紀に入ってから多くの国が世界へのニュース送信にしのぎを削るようになり、衛星放送新時代の様相を示しています。

 湾岸戦争がきっかけ、国際放送に変化起きる
 テレビの国際衛星放送はニュースの分野ではアメリカCNNの独占が長く続いていました。1980年、はじめて衛星による24時間ニュース放送をアメリカで開始したCNNは、1984年には世界各地での放送を始めています。そのCNNが世界を震撼させたのは1991年の湾岸戦争でした。
 湾岸戦争開戦時、アメリカ政府の退去勧告を無視してバグダッドに残ったバーナード・ショー、ピーター・アーネットの二人の記者は米軍機の最初の空爆の模様をリアルタイムでレポートする一方、被害にあった市民の様子も取材、当時の最新取材機器であった雨傘のような移動型衛星送信機材を駆使してニュース映像を世界に伝えたのです。
 湾岸戦争ではアメリカ、イギリスの多国籍軍は取材を厳重にコントロールしました。世界のテレビ局はサウジアラビア、リアドの司令部で軍が記者発表するピンポイント攻撃のコンピューター映像を流すほかありませんでした。その中にあってCNNのバクダッドからの中継は衝撃を与えました。CNNのピーター・アーネット記者は敵国の宣伝に加担したとしてアメリカ国内で激しく攻撃されたという後日談があります。
 湾岸戦争のあとイギリスBBCはCNNに遅れをとったことを反省し、1994年テレビニュースを世界に発信するため24時間衛星チャンネルBBCワールドを発足させました。また1996年には中東圏での初の衛星ニュースチャンネル「アルジャジーラ」(本拠地カタール)が生まれました。

 イラク戦争で活躍したBBCとアルジャジーラ
 2003年のイラク戦争では、アメリカが800人に上る記者の従軍取材を戦場にうけいれました。記者たちはバグダットに向けて進撃する軍隊と一体になり、Foxニュースなど多くのアメリカの報道機関は戦争賛美の愛国報道に走る、という結果をもたらしました。しかし戦争の当事国であるイギリスBBCは「イギリス軍をわが軍とは呼ばない」、「軍や政府の情報は信頼性をチェックする」などのルールを定めて出来るだけ客観的に報道することを心がけ、国際的な評価を大いに高めました。従軍取材から離れて最前線でカメラを回して、アメリカ空軍機の誤爆にさらされた取材クルーもいました。激戦の中砲弾を兵士に手渡したことをレポートして、軍と一体化した報道を自ら戒めた記者もいました。イラク国内で捕虜となったジェシカ・リンチ上等兵の救出作戦という美談が米軍の演出だったことを暴いたのはBBCでした。
 イラク戦争中アメリカ政府をもっともいらだたせたのは中東のニュース局アルジャジーラでした。米軍がバグダッド市内で軍事目標を正確に攻撃していると発表しているとき、アルジャジーラは砲弾に逃げ惑い、怪我をするイラク市民の映像を世界に流し続けました。
 ウサマ・ビン・ラディンの声明ビデオが持ち込まれ、それを報道したことについてアメリカ政府は、アルジャジーラはテロリストの報道だと非難を繰り返しました。アルジャジーラのバグダッド支局は砲撃を受けて記者が死亡するという悲劇も起きたが、アラブの声を世界に伝えるニュース報道は途切れることはありませんでした。
 常にアメリカの視点が優先していた世界のニュース報道は、イラク戦争を契機に大きく変化したといえるでしょう。

 ドイツ、フランス、中国、韓国、ラテンアメリカ・・・・
 イラク戦争開戦に当たってアメリカと対立したドイツでは、以前から英語やアラブ語での国際ニュース放送トイチェベレを放送しています。同じように開戦に反対したフランスでは、シラク大統領(当時)がアメリカに対抗してフランスに声を世界に届ける必要があると痛感、2006年になって英語による衛星ニュース放送フランス24が放送を始めるにいたりました。(新しいサルコジ新大統領は経費削減を理由に英語放送を打ち切り、フランス語だけにしようと提案し、ジャーナリストたちの反発を受けてていますが・・・。)
 中国も海外発信に熱心です。2000には英語による24時間ニュースCCTV9(CCTVは中国中央テレビの略です)の放送を開始しています。CCTVによれば視聴者は全世界で3500万世帯あるということです。中国の経済発展に世界が注目していることもあり、一日六回放送される経済情報ニュースBiz ChinaはCCTV9の目玉番組になっています。
 注目されるのは韓国の動きです。英語で24時間国際放送しているアリランTVは、2004年からアラビア語放送も始めました。きっかけは韓国がイラク戦争に軍隊を派遣したことでした。折から韓国人がイラクで人質になり殺害されるという悲劇がおきました。韓国軍の平和維持活動、復興支援を伝えるニュースで韓国に対する理解を広げようと、韓国政府も4億円の放送資金を援助しています。韓国公共放送によるKBSワールドもあり、中東でアラブ語の「冬のソナタ」が流れたときは大きな反響が寄せられたそうです。
 南米でも2005年新しい衛星局テレスールが生まれました。CNNに対抗して中南米(ラテンアメリカ)の声を世界に届けることが目的です。本社はカラカスにありますが、ベネゼラ、アルゼンチン、キューバ、ウルグアイ、ボリビア、いずれも左派政権の五カ国出資です。

 遅れをとった日本、政府主導の国際放送? 
 国際的なテレビ放送の新しい展開のなかにあって、日本は大きく遅れをとっています。ニュースを主体にするNHKワールド(無料)、ドラマや娯楽番組などNHKの再放送を主体とする「ワールドプレミア」(有料放送)がありますが、英語番組の数が少なく、海外に住んでいる日本人、ホテルに滞在する日本人旅行者向けの域を脱してはいません。
 2006年小泉総理大臣(当時)は「日本がどういう国か世界に伝えることは重要だ」と国際放送の強化を打ち出しました。審議会が開催され、NHKが新しい国際放送の仕組みを考えることになりました。現在検討が行われていますが政府主導の国際放送が世界の人々に受け入れられるかどうか疑問です。まして、小泉内閣とそれを引き継いだ安倍内閣は、NHKの国際放送に対して「拉致問題を重点的に取り上げなさい」という命令放送を発動し、問題となったことは記憶に新しいところです。国の政策を宣伝するという手法はあまりにも時代遅れではないでしょうか。
 イギリスのBBCが目指しているように、政府からは独立し、公正で客観的で、国際社会の一員として尊重されるニュース報道を行うための、あるいは日本の現代文化、現代社会への理解を広げていくような国際放送の仕組みをどう作り上げていくか、NHK任せではなく国民全体が議論に参加することが重要だと私は思います。
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テレビはどこへ行く

 以下はRadio café コミュニティーメディアサロン行った講演である
 2008/02/02 隅井孝雄

 変化を迫られているが・・・・・
 テレビに対する視聴者の批判が強まっている。面白くない、見たいものがない、くだらない、やらせやうそがある・・・・などという意見は一般的である。小泉劇場はマスコミの生み出したものだとも言われる。
ライブドアや楽天の参入をめぐる紛争、あるある大事典、NHK不祥事、従軍慰安婦番組問題などで不信感は増大した。
 その一方、メディアは政治、行政の側からも新しい動きが活発である。小泉、安倍内閣による規制緩和の動きの中で放送と通信の融合という名目で市場原理が導入され、持ち株会社によるキー局のローカル局吸収が始まろうとしている。さらにNHKの経営委員長、会長は共に安倍元首相のブレーンだった財界出身者の支配の下におかれることとなった。
 2011年の全面でジタル化はIT政策として政府が推進し、ビジネスチャンスが広がるとテレビの側が構想に相乗りしたという経過があるが、群小の地方局にとっては経営を揺るがしかねない負担となっている。
 デジタル時代、放送メディアはいやおう無しに変化に迫られている。

 それでもテレビはメディアの主流の地位は揺らいでいない。
 市民の平均テレビ視聴時間は平日3時間27分、土曜日4時間7分、日曜日4時間14分だがこの数字は1970年代よりも増加している。90年代初頭に一度減少傾向があったが、その後は漸増が続いている。(若年層にわずかな減少傾向があるが)。テレビの接触率は90%を越えている。ちなみに新聞の接触率は44%、接触時間が21分と比べると、テレビの影響力の大きさがわかる。放送の広告費収入も2006年度およそ3兆円、テレビだけでも2兆161億円ある。ラジオは2001年以降広告収入がじりじりと下がってはいるが、テレビは2001年の水準を維持し、2003年以降上昇傾向にある。広告を基盤とする放送は来生にかげりはあるものの全体として確固としたものがある。(小さな地方局にとってはデジタル変換の出費が負担ではあるが・・・)

 テレビは大きな影響力を行使している。それはなぜか
 テレビは依然として社会に、世論に決定的な影響力を与え続けている無視できない存在だ。一連の小泉劇場、大阪の橋本知事誕生を見ただけでもそのことは明らかである。テレビの健康情報番組で納豆を推奨すれば、スーパーの棚から納豆が消えるという現象も記憶に新しい。
 なぜか。一つには公共放送としてのNHKと商業放送としての民放が共存するというシステムが視聴者にとって快適な組み合わせとして受け入れられているという事実がある。NHKに要求される、教育、教養。文化とは違った形の自由奔放で多様な民放娯楽番組の二本立により視聴者のテレビへの要求を巧みに吸収するシステムが備わっているといってよいだろう。
 特に民放はNHKと異なるが視聴者の興味をつなぐ番組の開発に成功した。
 庶民的な笑いと芸能、吉本を先頭とする娯楽番組、ニュースとは一味違うが社会の裏側、ニュースの裏側をたっぷり紹介、人間的興味にも十分に対応、言いたいことも言いたい放題が可能なワイドショウ、「テレビタックル」、「太田総理」などに代表される娯楽系報道等番組、クイズの形をとって知的に刺激感を与える「世界ふしぎ発見」、「ウルルン滞在記」、「行列の出来る法律相談所」、「世界仰天ニュース」などなど枚挙に暇がない。
 民放はあくまでも世俗的、通俗的、庶民的な芸能娯楽、情報提供の場として視聴者とのつながりを追及し続けて成功してきた。こうした番組は本来テレビが持つべき報道機能、ジャーナリズム機能の代替として民放テレビの繁栄に寄与してきた。それでいいというわけではないが、通俗的娯楽の役割を軽視するわけにも行かない。そこに民放の生きる道があるとすればなおのことである。
 この状況を是とするのか、批判的に見るのか、改善を必要とするのか、一概には片付けられない状況にわれわれは取り囲まれている。
 
 インターネットメディアは未成熟、市民メディアも育っていない
 日本では一見インターネットが発展しているように見える。しかし日本でのインターネット普及率はケイタイによるインターネット接続が多く、必ずしも本格的インターネット社会にはなっていない。インターネットのメディア力は未発達である。一部ショッピングページを除いては経済的基盤も脆弱である。また市民メディアも育っていない。
 携帯電話普及台数1億台、内84%がインターネット接続している。インターネット普及世帯8200件、64.8%、というのが2006年データーだが、日本のインターネットはケイタイ依存発達不全症だといわなければならない。
 このため既存メディアの王座にあるテレビは依然としてその独占的地位が揺らいでいない。
 
 コーポレートメディアの本場で
 アメリカの大手メディア、とりわけテレビメディアは巨大資本による統合が進んでいる。大手ネットワークは、ABCディズニー、CBSパラマウント、NBCユニバーサル、Foxニューズコープ、CNNタイムワーナーなどであるがそのため、ジャーナリズム性が薄れコーポレートメディアと批判されている。一部に保守化傾向があり市民の批判を生んでいる。それでも言論の自由、権力監視が健在でテレビは報道ジャーナリズムの中心的存在である。アメリカには全国紙がないため、テレビニュースがその代わりをしている、という側面がある。

 日本にないメディア批判の市民運動、カウンターメディア、市民メディア
 アメリカには強力なメディア批判グループが存在する。その代表的なものは「フェアー」という組織だ。このグループはメディアの足りないところ抜け落ちでいるところ、間違っている報道などに対したカウンターニュース、報道内容の批判、警報メールなどを送るという方法で市民の不満批判を組織化している。
 そのアメリカで市民の側に立つメディアもまた極めて活発だ。市民の視線に立つ番組作りを行いながら、それをメディアに提供し、しかも数々のテレビ賞を受賞している制作者もいる。ケーブルテレビは市民にチャンネルを開放するという政策があり、一地域、一ケーブル4チャンネルの市民チャンネルも存在している。そのための市民にオープンなスタジオもケーブル業者に義務付けられている。
 9.11以降急速に力を伸ばして全国で毎日放送されているDemocracy Nowは専門家にも注目され、世界へもネットワークを張っている。ごく最近日本でもDemocracy Now Japanが視聴できる。
 これまでのニュース番組とは全く異なるニュースショウー、コメディーセントラルのDaily Showも人気を呼んでいる。ネットワークやCNNの徹底的な批判、パロディーが売り物だ。
 日本には民放にもNHKにも市民やアウトサイダーが登場する回路がない、

 インターネットとの連携は果たして・・
 アメリカではテレビ報道が力をかつての輝きを失いつつあるが、それでも活力がある。この20年で視聴率は半減したが、テレビが見出そうとしている活路はインターネットへの進出である。
 アメリカのテレビメディアはインターネットに積極的に進出している。2005年以降、ABC、CNN、CBS、NBCのオンラインニュース、プライムドラマのネット提供は目を見張るものがある。テレビから離れた若者を、ネット経由で再び取りこもうという考えだ。テレビ局のホームページだけではなく、YouTubeとも契約を交わし、映像に付随する広告費が配分されている。アップルのiPodもまたテレビ局やハリウッドと提携してプライムタイムの人気ドラマや大型映画を映し出している。映像と通信の融合という政策のもとで新しい胎動がおきていると見る必要があるだろう。
 日本の場合は著作権保護が優先し、テレビや映画のインターネットへの開放が犯罪視され、遅れに遅れている。やっと最近NHKがアーカイブ映像をインターネットで配信するこことになったというのが日本の現状である。民放各局はデジタル化の機会に、テレビビジネスのインターネット進出をさまざま試みているが、今のところ決め手となるような成功例はない。
 デジタル化という技術的変化はあるが、日本のテレビはここしばらく、少なくとも2011年までは現状維持が続く。それは日本の視聴者の選択でもあると私は思うのだ。


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メディアの利潤追求に歯止めを

 以下は「ジャーナリスト」 第598号(2008.1.25)に掲載されたリレー時評である

 アメリカにコーポレート・メディアという言い方がある。メディア自体が企業体として利潤追求、経営効率化を図り、巨大企業として君臨する方向を目指す。これに、政府との癒着や国益優先が付きまとう。その流れをさらに極めようとする動きが表面化した。
 ルーパート・マードック率いるメディア帝国、ニューズコーポレーションは、アメリカの名門経済紙ウオールストリート・ジャーナルを56億ドルで買収すると共に、10月15日から新しい24時間ニュース、Foxビジネスネットワークを開始した。湾岸戦争の報道で躍進したFoxニュースのビジネス版で「企業活動や利潤追求を悪とみない、プロアメリカ路線をとる」(ロジャー・アイリス社長の発言)と表明している。マードック自身も記者会見で「ビジネスフレンドリーで行く」と明言した。 
 「株が下がり、石油が上がり、プライムローンでゆれているアメリカでビジネスフレンドリーの経済ニュースが成立するのだろうか」(ニューヨークタイムス)とアメリカのメディアもきわめて懐疑的である。
日本はどうだろうか。
 NHKは一連の不祥事に端を発した受信料不払いで大きく揺れた。そして今ジャーナリズム性、公共性を拡大し、視聴者の信頼回復を図っているさなかである。ところがそれとは逆行する動きが顕著になっているのは憂慮すべき事態だ。
 昨年五月、NHK経営委員長に富士フィルムホールディング社長の古森重孝氏が選ばれ、十二月には次期会長にアサヒビール相談役の福地茂雄氏が決まった。NHKが財界コンビの手にゆだねられたのである。しかもこの二人、安倍元首相を囲む財界グループ、「四季の会」のメンバーだとNHKに詳しい松田浩氏(ジャーナリスト)は指摘している。まるでNHKのコーポレートメディア化であり、新自由主義化ではないか。
 NHK橋本会長は「視聴者第一主義と自主自立を貫き、編集権の独立を認識した運営を行ってほしい。視聴者に信頼される公共放送への改革を進めてほしい」(12月25日)と注文をつけた。私は信頼回復への道を歩もうとしている放送現場の気持ちがこめられていると思う。
 民放もまた企業としての巨大化の道を歩む。1月13日総務省は「持ち株会社化」によるキイ局、準キイ局の所有を12局まで認めることを決めた。地域メディアとしての独自性や番組の多様化は一体どこへいくのだろうか。ライブドアや楽天からの参入の動きに対し、フジテレビやTBSは公共性の論理を掲げて、利潤追求にはしる新興経営者たちを批判したものであった。「あるある大事典」への反省から叫ばれている社会的責任と「持ち株会社化」はどのように折り合いをつけるのであろうか。
 市民の側がメディアを監視し、奮闘する現場を支え、コーポレート化に歯止めを加える必要があると思う。(隅井孝雄)
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2008年01月16日

メディアと政治権力、その現場、大連立舞台裏を見る

 メディアと政治権力、その現場、大連立舞台裏を見る
 隅井孝雄 元京都学園大学教授、元日本テレビインターナショナル社長

 これは月刊誌「ネットワーク京都」(第228号)2008年1月号に掲載された。
 
11月16日の朝日新聞朝刊が民主党小沢代表とのインタビューを掲載した。そこには要旨こんなやり取りが記されていた。
 記者、渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長が会談を持ちかけたのは、安倍政権のころか。
 小沢、8月末か9月初めのころだったと思う。断ってしばらく何もなかったが、首相の代理人(森元首相)が会ってくれというから会った。(そこで)「内々に会うのはいやだ。総理のお話なら断ることはしない」と答えた。
 自民党と民主党の「大連立」を話し合った福田小沢会談の背後に読売新聞の渡辺恒雄氏がいたことがほかならぬ当事者の口から明らかにされたわけである。

 日本テレビの最上階役員室での謀議
 ここで少しナベツネこと渡辺恒雄氏の動きをまとめてみよう。
 彼は読売グループを束ねる総帥の地位にいるだけではない。自ら読売新聞の主筆を自認し、読売新聞の社論、紙面編集の権限を持っている。社説も時に応じて執筆する。
 彼は参院選で自民党が敗北した後8月16日自ら筆を執って、自民と民社に連立を勧める社説を書いた。そして8月のさなかにもかかわらず民主党への働きかけに動いたのだった。記録によればホテルオークラの料亭山里に鳩山を呼び出し(8月21日)、そのあと小沢と会食をしている(8月下旬)。連立の話がその席で出たことは小沢自身が認めている。山里は渡辺恒雄が定期的に主催する勉強会が開かれている場所である。しかし当時は選挙に勝って意気上る民主党は歯牙にもかけなかったようだ。
 9月12日安倍首相が突如辞任し政界は激動の渦に巻き込まれた。辞任会見で安倍首相は「民主党小沢党首に会見を申し入れたが、断られた」ことを辞任の理由の一つとしてあげている。人々は唐突な首脳会談申し入れをいぶかったが、ここにも私は渡辺恒雄氏の影を見る。
 安倍辞任の翌日8月13日、汐留にある日本テレビ社屋の最上階の役員室で会議が開かれた。出席は読売グループの総帥渡辺恒雄氏、その盟友である日本テレビグループ議長の氏家斉一郎氏、自民党側はパリから急遽帰国した森喜朗元首相のほか青木幹雄前参院議員会長、山崎拓元副総裁である。これについては政治評論家の歳川隆雄氏が雑誌「SAPIO」(11月14日号)で「福田政権誕生は事実上ここでの五者会談で決まった」とレポートしている。
 福田政権が船出し、テロ特別措置法の期限切れが目前に迫った10月中旬ころ、渡辺氏の差し金で森元首相が小沢民主党代表とひそかに会った。そして10月25日赤坂の料亭「福田家」で中曽根元首相を囲んで読売渡辺氏、日本テレビ氏家氏の会談が行われた。ここには自民党与謝野幹事長も同席したとも伝えられる。党首会談のお膳立てがここで整えられたようだ。大連立論をかねてから唱えていた中曽根氏が「大賛成だがだ、実際にあるうるか」と発言、それに対して「ある」と渡辺氏が断言したという。
 首脳会談での合意を民社党が拒否し、小沢代表が辞意を表明した日の夜、テレビカメラの前で中曾元首相は「大連立では意見が一致している。渡辺さんは行動派だから、かなり早い時期(7月頃か?)から福田さんや小沢さんに個々に会って打診したり勧めたりしたと思う」と舞台裏を語った。

 規制緩和、改革路線も止めたい
 首脳会談をお膳立てした渡辺、中曽根両氏は首脳会談の議題設定まで踏み込んだようだ。11月12日のテレビ朝日では、大連立だけではなく、自衛隊の海外派兵の新法、消費税増税なども視野に入れたと伝えた。大連立を進めようとする渡辺氏、中曽根氏はともに海外派兵論者であり、また増税による財政再建論者である。特に渡辺氏は財政制度審議会の民間メンバーとして消費税など増税が出来なければ日本は滅びるとの論陣を張っていた。小泉改革、規制緩和路線の流れを一挙に断ち切るチャンスと見たのではないだろうか。
 ともあれ一連の騒動は11月4日の読売新聞社説「それでも大連立を目指すべきだ」で終幕となった。そして小沢氏は再び民主党代表に戻り、国会はテロ特措法、年金などでの与野党対決の構造に戻った。
 これまでにも政治家の番記者を務める個々の新聞記者が政治にコミットする例はしばしば見聞きされた。しかし今回の場合は特定のメディアグループが組織として、政治を特定の方向へ動かそうとしたという意味で、大きな問題をはらむ。そしてこうしたフィクサー的行動をとり、社説までも使って、自ら思い描く方向に政治の舵を切ろうした人物が新聞社の会長であったことは市民のメディアに対する不信感をいっそう増大させたといえるだろう。
 私自身長年日本テレビで仕事をしてきた。日本テレビの社長であった氏家斉一郎氏が政治の節目、節目で読売渡辺恒雄氏とともに政治家との会談を重ねていたことは事実である。しかし少なくとも日本テレビの場合、経営のトップが報道内容に関与することはなかった。経営と編集の分離が曲がりなりにも存在しているというのが実感であった。しかし読売の渡辺恒雄氏の場合は自ら主筆として社論を統括し、社説の執筆にもあたる。読売、日本テレビグループでも温度の違いはあるが、渡辺氏は読売ぐるみで政治にコミットするという意味で危険度が高い。
 11月18日に行われた大阪市長選で民主党の候補である平松邦夫氏が、自民党、公明党が押した現職の関淳一氏を破った。朝日新聞の出口調査によると無党派の半数近く49%が平松氏に投票したばかりではなく、自民党支持者の四分の一以上27%が平松氏に流れた。無党派で関氏に投票したのは18.4%にとどまる。
 この結果で見る限り、民意は自公政権から離れたことを示している。自民党政権の延命を意味するいわゆる「大連立」は民意とはかけ離れたものであることをくっきりと示しているのではないか。そこに渡辺恒雄氏らの時代錯誤がある。

 憲法改正を主導する読売、果たして改憲は多数派か
 美しい国、憲法改正をスローガンにしていた安倍内閣が崩壊して、憲法改正問題は切迫感が遠のいたように一見見える。しかし中曽根元首相や渡辺読売グループ会長が主導した大連合の背景には自衛隊の「国際貢献」(実は海外派兵の日常化)を突破口に憲法9条改正への道筋をつけようという思惑もある。
 読売新聞は1994年、2000年、2004年の三回にわたって憲法改正試案を発表した。憲法九条を改正し自衛隊を自衛軍とし、自衛隊の海外派兵を容認するという点で自民党の新憲法草案と軌を一つにする。
 産経新聞は以前から憲法改正を主張してきただけではなく、自民党憲法草案が美しい国などのいわゆる「建国路線」を棚上げしたことをなじった。日本経済新聞もまた自民党草案の発表後、「民主国家にふさわしい憲法を新しく作るべきだ」との論陣を張り、自民党の新憲法草案に賛意を表明した。
発行部数で見ると、読売、サンケイ、日経三紙の合計は1500万部、朝日と毎日の合計は1200万部、55.6対44.4で改憲派が多数に見える。
 しかし日本には合計2000万部の地方紙が存在し、それぞれの地域では圧倒的な影響力を持っている。たとえば京都府の場合、50%近いシェアーを持っている京都新聞(43万部)は憲法改正に反対の論調を打ち出しているから朝日(20万部)、毎日(10万部)をあわせて73万部(京都府内朝刊)、それに対して読売(19万部)、サンケイ(3万部)、日経(6万部)の合計は28万部(京都府内朝刊)に過ぎない。京都で見る限り改正反対62%、賛成38%という比率となる。(京都府内朝刊発行部数はいずれも京都新聞広告局2007年4月調べ)

 見逃せぬ地方紙の健闘
 関東学院大学の丸山重威教授によると地方紙の中で改憲派と見られる論調を持っているのは北国新聞(金沢)と静岡新聞の二紙のみだという。2000万部の地方紙のほとんどが憲法改正に反対の意見を持っていることを考えると、日本の世論の3分の2が現行憲法を守るべきだと見ているといえるだろう。
 ほかならぬ読売新聞の世論調査で見ると2005年に63%あった「憲法を改正したほうがよい」が2007年4月の調査では46%に下がった。「改正しない」は22%から39%に上昇している。同じ2007年4月の調査によると「九条第一項(戦争放棄)では「変えない」80%、「変える」4%、第二項(戦力保持、交戦権)では「変えない」54%、「変える」38%であった。
 こうした状況を懸念し読売新聞は「2004年をピークに改正する意見が下落を続けているのが気になる、単純に憲法を変えるのだと叫んでもでも、憲法改正は遠のく可能性が高い」という論評を掲載している。
イラク戦争を経験して軍事力では紛争は解決しないということが誰の目にも明らかになった。このまま自民党によるアメリカ追従の政策が続けば日本が海外で戦争に巻きこまれる危険性が高まったことを日本の市民が敏感に感じ取っている。
知識人による「憲法九条の会」が草の根に広がりいまや地方の組織が6734(九条の会ニュース97号、2007年10月23日による)インターネット上の九条の会314、登録されている九条ブログ73にまでなっているというある種のうねりが、憲法改正反対を多数派に押し上げているに違いない。
 
 NHKに強まる政府の風圧
 ここ数年メディアに対する不信感は放送の分野でも増大している。
 NHKでは2004年以降プロデューサーなどの制作費の不正事件が相次いだことに加え、自民党幹事長代理だった安倍晋三氏が従軍慰安婦の番組に介入したとのプロデューサーの内部告発を朝日新聞が報道、視聴者の不信感が一挙に爆発した。そのため受信料を払いたくないという人が一挙に増え2005年11月には128万件にも達した。批判にさらされた海老沢会長が辞任、そのあと会長となった橋本元一回答の元再生を図っている。2006年の時点で400万件近くあった不払い、未納、滞納は50万件減って348万になった。視聴者第一にという経営方針、編成方針に加え、民事手続きによる督促が効果を挙げてためであると見られる。
 しかし、NHKニュースが自民党寄りだという批判は依然として続いている。
 NHKの一連の不祥事の結果は政府と自民党にとっては受信料問題を人質にNHKを抱え込む好機と考えたようだ。政府はNHKに対して経営の効率化、人員削減、チャンネルの削減、子会社、関連会社の統合などを求めている。端的に言ってこわもてに出てきているのは「言うことを聞くNHKであれば経営改革で多少の目こぼしをする」という前提があるからに他ならない。
 2006年11月小泉内閣の菅総務大臣はNHK橋本会長を呼び短波によるラジオ国際放送について「拉致問題に特に留意して放送をするように」との「命令放送」の実施を伝えた。さらに2007年3月には同じような「命令放送」をNHKテレビ国際放送についても発令した。国際放送の予算の一部に国家予算が支出されていることが根拠になっているが、この「命令」は言外にNHKの一般放送についても国の重要な政策に沿った放送を行うことを要望しているものと受け取られている。NHK橋本会長は「自主的に放送している」と答え、政府の要望をやんわりとした形で受け流したが、NHKの番組内容に対する干渉の糸口になりかねないことが懸念される。
 民放の「あるある大事典」納豆捏造事件に際しては、菅総務大臣は関西テレ日に警告書を手渡した。警告書を受け取った関西テレビ社長はその後辞任したが、見方によっては政府が放送局の社長を首にできるという前例をつくったということも出来よう。
政府は現在放送法の改正案を国会に提出している。その中では「事実と違う放送をした場合政府に報告し、間違いを正さなければならない」という条項が盛り込まれようとしている。何が正しく何が間違っているかを政府が判断するということは、言論、表現の自由に取って大きな問題をはらむ。国の介入がますます強まることが予想されるため、強い反対の動きが起きており、放送法改正案は今のところ審議が行われないままたなざらしになっている。

 改選間近NHK会長、公正な人事は期待できるか
 NHKはそうはいかない。毎年の予算審議は国会で審議されるため、結局は政府とその監督官庁の長である総務大臣が、運営、人事、番組に意見を述べる権限を持っている。国会の予算審議が始まる前のNHKは政府与党の要人に日参して、事業活動案への了解を求めることが長年の通例となっている。そうした構造の中で「従軍慰安婦番組」の改変も起きた。2007年1月29日従軍慰安婦番組に関連した訴訟で東京地裁は取材に協力した市民団体に慰謝料を払うようにとの判決を出し、次のように述べた「(NHK)の幹部が国会議員などの発言を必要以上に重く受け止め、政治家の意図を忖度し、当たり障りのないように、番組を改変した」。
 不祥事で途中辞任した海老沢会長のあとを継いだNHK橋本会長の任期は2008年1月末までである。会長は経営委員会が任命するのだが、その経営委員の任命は総理大臣である。
 現在の経営委員長は安倍元首相に近いとされる古森重隆氏(富士フィルムホールディングス社長)である。このような状況の下での会長選出が迫っているため日本ジャーナリスト会議などが「世論形成と放送文化に重要な役割を持つNHK会長の選出をガラス張りで公正に行うこと、NHK経営委員会は会長選出に当たって候補者を公募すべきである」という要望書を出している。
 NHKは視聴者の一人ひとりが拠出する受信料によって運営されている。会長の選出は受信者の意見を反映する民主的な方法で行われる必要があるだろう。
日本の新聞発行部数 2006年10月
新聞全国総発行部数 5231万部、1部あたり2.43人、1世帯あたり1.02部
全国紙発行部数 地方紙発行総部数 うちブロック紙発行部数
2640万部 2590万部 480万部

大手、ブロック紙 発行部数 地方紙 発行部数
朝日新聞 8,270,000 河北新報 508,000
毎日新聞 3,930,000 東京新聞 634,000
読売新聞★ 10,070,000 新潟日報 500,000
産経新聞★ 2,100,000 静岡新聞★ 734,000
日経新聞★ 3,030,000 京都新聞 502,000
北海道新聞 1,233,000 神戸新聞 550,000
中日新聞 2,718,000 中国新聞 735,000
西日本新聞 843,000 (北国新聞)★ 642,000
★印は9条改憲論調

憲法についての最近の世論調査から
憲法改正に賛成 憲法改正に反対
読売新聞2007年 46.2% 39.1%
読売新聞2004年 65.0% 22.7%
憲法9条改正に賛成 憲法9条改正に反対
朝日新聞 33.0% 49.0%
読売新聞 35.7% 55.8%
共同通信 26.0% 44.5%
自衛隊を軍隊にする 今のままでよい
朝日新聞 18% 70%




posted by sumiitakao at 15:35| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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